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ユダヤ・ファシズムの系譜:ジャボチンスキーからシャロンまで(2)ゾンビどもの跳梁

ユダヤ・ファシズムの系譜:ジャボチンスキーからシャロンまで(2)ゾンビどもの跳梁

http://www.asyura2.com/0505/holocaust2/msg/389.html

投稿者 バルセロナより愛を込めて 日時 2005 年 11 月 20 日 09:10:47: SO0fHq1bYvRzo

これは下の阿修羅投稿に続くものです。

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http://asyura2.com/0505/holocaust2/msg/380.html

ユダヤ・ファシズムの系譜:ジャボチンスキーからシャロンまで

(1)ユダヤ・ファシスト、ウラジミール・ジャボチンスキー

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ユダヤ・ファシズムの系譜:ジャボチンスキーからシャロンまで

(2)ゾンビどもの跳梁

●どのような悪も悲劇も、それが「過去のこと」で終わっているのなら、悪党どもが死んでそれで終わっているのなら、あとは正確に研究して記録し、将来のための教訓とするべきものであろう。

しかしもしその悪党どもがゾンビのように生き続け、正体を誤魔化して過去にも増して活発に悪事を働き続けているにもかかわらず・・・・、「教訓とすべき過去」を語る、などとというのであれば・・・・、ましてそれを語る者たちが紛れも無いそのゾンビども自身とその手先であるとするならば・・・・、その悪と悲劇は3倍にも5倍にもなって将来に降りかかることになる。

●次の資料はJewschoolというサイトの中の1ページである。標題のLikudnik Fascholesはおそらく「ファシストのリクード党」という意味であろう。またモビウス(Mobius)という筆名の著者はどうやらユダヤ系の「オーソドックス・アナーキスト」を自称しているようだ。

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http://www.jewschool.com/2003/11/likudnik-fascholes.php

ファシストのリクード党

投稿Mobius 2003年11月24日

第2次大戦中のイタリアの独裁者であったベニト・ムッソリーニの孫娘が、世界中がイスラエルからの「許しを請わねばならない」、と言った。

ワーォ。

イタリアのネオ・ファシストである国民同盟党のメンバーであるアレッサンドリア・ムッソリーニは、ジアンフランコ・フィニ【訳注:イタリアの副首相兼外相】といっしょにイスラエルを巡回しているのだが、フィニはまた今週「自分の国のファシスト的過去を非難しそして人種主義やアンチ・セミティズムと闘うために学ぶべき教訓を語った」そうだ。

これは非常に奇妙な弁解であり、ある歴史的な疑問をもちあげるものである。たとえば、ファシスト・イタリアの中でユダヤ人たちがいかにひどい目に遭ったのか、そしてそのような言い訳が正当化されるようなものなのか。ある資料(The Jewish Pressからの引用)によると、

『イタリアのユダヤ人たちは、欧州の中で最も高度にその国に融合していたのだが、実際に他の国々の同胞たちに比べるとはるかに多く生き延びている。しかし、およそ1939年に35000名いた中の8000名のユダヤ人が収容所から戻ることは無かった。イタリア人たちが全体としては人種主義に嫌悪を覚えていた一方で、ムッソリーニはヒトラーと合意したとおりに1938年に人種主義法案を押し通すことに成功した。そしてイタリア軍はしばしばユダヤ人たちに対して人間的な態度をとったのだが、フローレンスやその他どこでもファシスト指導部はその殺人的な残酷さで悪名高かった。』

さてさて、こういうことだ。イル・ドゥーチェの殺人鬼ども、である。

しかしそれでも、他の問題が残っている。ウラジミール・ジャボチンスキーと彼の修正主義党は? しばしば「ユダヤのヒトラー」と呼ばれるジャボチンスキーは、ファシストであることとムッソリーニの友人であることを誇りにしていた。今日のリクード党が、アリエル・シャロンがメンバーの一人なのだが、実際にジャボチンスキーの修正主義党のなれの果てであることは注目されるべきことだ。修正主義党と全く同じように、リクードは、軍国主義的、拡張主義的、人種主義的な政治姿勢を提唱している。もしリクードがファシスト政党の流れにあるものならば、そのイタリア・ネオファシストたちとの関係は、ブッシュ政権との関係でもそうであるように、驚くようなことではあるまい。確かに驚くようなことではないが、しかし、どうあっても警戒すべきものである。

【引用、翻訳、終り】

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私に言わせるならば、著者の目はまだ甘い。現在のシオニストたち自身が、シオニズムにとって「イタリアではユダヤ人に対する抑圧がシオニズム発展のために必要なことであった」と事実上認めているのだ。

(参照:阿修羅投稿)

http://www.asyura2.com/0403/bd35/msg/671.html

ベルルスコーニを罵倒する:(3)シオニズム=イスラエルとのクサ~イ関係

イタリアでの『35000名いた中の8000名のユダヤ人が収容所から戻ることは無かった』状態を本当に望んだのは、ヒトラーなのか、それともシオニストなのか。

●次に、アルゼンチン労働党のネット週刊新聞プレンサ・オブレロ(労働新聞)からの引用で、標題は『嘆きの壁の中にいるムッソリーニ』、著者はパレスチナ社会主義労働者同盟のイツァーク・ベツァレル、日付は2003年12月4日である。

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Prensa Obrera

Semanario del Partido Obrero

http://www.po.org.ar/po/po828/mussolin.htm

嘆きの壁の中にいるムッソリーニ

Ytzhak Betzalel

Liga de Trabajadores Socialistas (Palestina)

国民同盟党の党首で、イタリアのポスト・ファシストの副首相であるジアンカルロ・フィニ【訳注:本当は「ジアンフランコ」なのだが、英語圏でしばしば「ジアンカルロ」と誤って書かれるようだ】は11月の終りごろにイスラエルを訪問した。首相シャロンの与党であるリクードの指導メンバーの一人ユヴァル・ステイニッツは、クネセット(議会)の外交・防衛委員会の委員長なのだが、フィニのことを「イスラエルとユダヤ民族の友人」(Haaretz, 26/11)であると宣言した。

ホロコーストとナチズム、および北イタリアにあったヒトラーの傀儡国家であるサロ共和国を「我が民族の歴史上の汚点である」と「非難した」一方で、フィニは、単にムッソリーニの政策の後継者である自らの責任ばかりでなく、ファシズムの社会的基盤、すなわち、民衆の政治的・社会的なあらゆる抵抗を抑圧するための、ブルジョア帝国主義の過激な政治論をも覆い隠したのである。挙句の果てには、フィニは大資本の代表として、自分の政党ではなくイタリア「国民」に、ファシズムの責任を負わせたのである。

しかしながら、フィニがエルサレムのヤッド・ヴァシェム(ホロコースト博物館)と嘆きの壁を訪問した理由は、第2次世界大戦中の何百万人もの虐殺されたユダヤ人(約1万人のイタリアのユダヤ人を含む)におけるイタリア・ファシズムの責任に関して悔い改めることではなく、パレスチナ人の闘いを押し潰すシャロンの政策を援助するためである。リクードの一部の政治家はそれについて『ここでの批判者の一部よりももっとシオニスト的である』と判定する。彼が「アパルトヘイトの壁」の建設を援助する数少ないヨーロッパ人の一人に違いないからである。駐イタリアのイスラエル大使エフッド・ゴルはフィニを『ヨーロッパで極めて重要性を持つ男であり、正義はイスラエルの側にあると考える男である』 (Haaretz, 26/11)と形容するのだ。

フィニは、イスラエルを中東で唯一の民主国家と持ち上げるのだが、民主主義と民主化の名をかたるファシストのやり口を表している。フィニはヤッド・ヴァシェムを訪れたときに「ショックを受け」て「恐怖を覚えた」のだが、しかし、シオニズムの本性をそのヤッド・ヴァシェム博物館で見つけられるはずがない。それはガザ、ラマラーや占領地のあらゆる通りで見つかるものなのだ。それはこのアパルトヘイト統治の中で、またイスラエル政府の資本家政治に対抗して戦うユダヤ人とパレスチナ人の労働者の持つスト権や他の権利を抑圧する意図の中に見つかるものなのだ。

結局のところ、シオニズムはホロコーストとファシズムに対する戦いを自分の手にしたことは無いのである。それはアンチ・セミティズムの協力者だったのだ。ゼエヴ・ジャボチンスキーはペティルラ(Petilura)と同盟を結ぶ交渉をしたのだが、この人物は897の異なるポグロムで28000人のユダヤ人を殺したポグロム指導者であるウクライナのファシストだった。ジャボチンスキーは、赤軍とロシア革命に対抗する反革命戦争でペティルラ軍勢と一緒に戦うためのユダヤ政治勢力を提案したのだ。

ムッソリーニはベタールの軍事組織を確立させたのだが、それはジャボチンスキーに率いられる修正シオニストの青年運動だった。彼らはそのファシスト連中に見習って黒いシャツを着ていた。メナチェム・ベギンがベタールの指導者になったときに、ヒトラー一味の茶色のシャツを好んだ。それがベギンとベタールのメンバーがすべての政治会議で使用したユニフォームであり、彼らはファシスト式の敬礼でその会議を賛美し開きそして閉会したのである。

1933年にはドイツのシオニスト支部がナチ党に援助の手紙を送った。その中でこの支部は次のように書いていた。『・・・・ドイツ人の生活に起こったような国民的生活の再生は・・・・同様にユダヤ民族グループの中にも起こらなければならない。』『新たな国家の基盤の上に、ナチはその民族の原理を確立させてきたのだが、我々は、我々の社会の構造全体、我々に割り当てられた領域の中に適用したいと熱望している。愛国心による実りのある活動は可能である・・・・』(L. Brenner, ‘Zionism in the Age of the Dictators’, Wesport. 1983:48)

「社会主義」シオニズムが何かよりましなことをやったわけではない。たとえば、ベン・グリオンは1938年に英国でのあるシオニスト労働党の会議で次のように指摘した。『もし私がドイツにいたすべての子供たちを英国に運んで救うことが可能であったと知っていたとしたら、そしてもしそのわずか半分だけがイスラエル(エレツ・イスラエル)に移送することが可能であったとしたならば、その場合には、別の選択肢を選んだであろう。(Brenner, idem:149)』 パレスチナを植民地化しアラブ人を追放するというこの妄想によって、シオニスト運動は、絶滅にさらされるユダヤ人を救出するあらゆる方法に反対したのだ。なぜなら、えり抜きの労働力をパレスチナに迂回させる可能性を妨害するかもしれなかったからだ。

1933年から35年までに、WZO(世界シオニスト組織)は、移住の許可書を請求したドイツのユダヤ人の3分の2を拒否したのである。

ヨーロッパにシオニストの政策に対する反対が盛り上がるときに、そしてパレスチナ人に対する同情が帝国主義戦争反対のデモの中や反グローバリゼーション運動の中に現れているときに、あのプロ・ファシストとシオニストの政治家たちは欧州のファシストどもの援助を必要としているのである。そして逆もまた真なのだ。

【引用、翻訳、終り】

*下は同記事の英語版へのリンク

http://www.po.org.ar/english/828art.htm

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「パレスチナ社会主義労働者同盟」に所属するというこの文章の筆者の視点は、シオニズムを本質的にはイスラエルの中の資本家階級による思想、と捉えているようだ。そして特にジャボチンスキーの流れを汲むリクード党は「労働者の敵」であると同時に「ナチスやアンチセミティズムに協力して同胞をヒトラーに売り渡したユダヤ民族の裏切り者」、「社会主義」シオニストたちにしてもそれに準ずる「多くのユダヤ人を見殺しにした裏切り者たち」である。現在においても都合が悪くなると欧州のネオ・ファシストと野合してアラブ人とユダヤ人労働者を抑圧する許しがたい暴君である、ということだろう。

筆者がシオニズムについて主に使用している情報はおそらく歴史家のレンニ・ブレンナーの研究によるものだろう。確かにブレンナーとその周辺の左翼の研究家たちが「シオニズムの裏切り」について最も豊富な研究を行っている。

●ただ、ここでちょっとジャボチンスキーから話がそれるのだが、この記事の著者イツァーク・ベツァレルだけではなく、ユダヤ人で左翼を自認する人たちのほとんどは「ホロコースト」が歴史的事実であったことを強固に信じている。その代表がブレンナーであり、『ホロコースト産業』の著者ノーマン・フィンケルシュタインであろう。

彼らのシオニストへの勇気ある挑戦と真摯な研究に対しては正直に敬服するが、ただその「ホロコースト」に対する姿勢が、彼らの中に致命的な欠陥を作りまた彼らにとってどうにもならない壁を作ってしまっているように思えてならない。(彼らほどの勇気と突っ込んだ研究も無しに尻馬に乗って彼らを自らの権威付けに利用するような連中はこの際相手にしない。)

彼らにとっては「ホロコーストとヒトラー」が「超越的・絶対的な悪そのもの」であり、これに関してはもはや「宗教的」としか言いようが無い。ちょうど「神」が超越的・絶対的な「善そのもの」であることの裏返しとなっているようなものだ。ブレンナーが自分の著作をある「レヴィジョニスト」に引用されて激怒した、と聞くが、まさに「ホロコーストとヒトラー」が『神聖不可侵な悪(?!)』となっているようだ。話がこれに及ぶともう理性も何も無くなってしまう。次のように述べるイズラエル・シャミールの方がはるかに理性的だろう。

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http://www.asyura2.com/0505/war74/msg/722.html

イスラエル・シャミールがシオニズムとの闘いを語る(レッ・ボルテール、レベリオン

【前略、引用開始】

そんな否定論の問題については全く知りません。一体どうしてフランス人が第2次世界大戦のことについてそれほど議論をするのか、それすら理解できません。それははるか昔に終わったことなのです。しかしご質問をされたのだからお答えしましょう。私が厳しく詮索するのはホロコーストに基づいた論調なのであって、その行為自体ではありません。これらの行為は一つの論調にそれをはめ込む瞬間から明確な意味合いを帯びてくるのです。そのホロコーストに基づいた論調は、一人のユダヤ人の生と死がゴイ【非ユダヤ人:訳注】のそれよりもずっと重要であるという考えに連結しています。私に言わせると、ホロコーストは、ヒロシマやドレスデンやあるいはレニングラードでの飢餓状態などの、他の戦争犯罪よりも悪い、と言えるものではありません。それは1939年から1945年までの間に作られた恐ろしい出来事の一つなのです。ホロコースト特有の宗教的・歴史的な意味は、私は拒絶します。私にとってそれは、あの戦争についてもっと平等な視点を持つ他の議論と並び立ちうる一つの思想を構築することなのです。

【後略、引用終り】

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ヒロシマの死者に対するシオニスト・ユダヤ人たちの「殺されて当然だ」と言わんばかりの傲慢な態度こそが、アウシュビッツの意味を失わせているのではないのか。すでに「肯定論者」からすら否定されている「600万人」を一歩も譲らないのが単に現在と将来の経済的な理由であることはみんなが知っていることである。

彼らの態度が上記のようである以上、現在「ホロコースト・プロパガンダ」「アンチセミティスト・レッテル貼り」に狂奔しているのが、イツァーク・ベツァレルが『あのプロ・ファシスト』と罵倒する当のシオニスト(ユダヤ・ファシスト)自身である現実を直視できないのだ。どうがんばっても精々が「絶対悪であるナチスに協力した『ユダヤ人に対する裏切り』」とその「道徳的罪」に対する非難で終わらざるをえないだろう。

現にブレンナーの著書「51の文書:ナチに対するシオニストの協力」に対して英国のシオニスト集団の機関紙Jewish NewsがAmazon.co,ukに圧力をかけた問題に関して、シオニストのJon Benjaminから「お前が言っていることは、9・11にイスラエルが絡んでいるなどという新しいアンチセミティズムを力づけるだけだぞ。それでもいいのか。」と脅しをかけられると、ブレンナーは(少々戯画化して描くが)「いやー、そのー・・・・。私も9・11とイスラエルは関係ないと言ってるんですがねぇ・・・・。私はただ独裁者時代のことを言っているだけなんでして・・・・。」と、とたんにしどろもどろになってしまう。こりゃ、だめだ。(ブレンナー氏は先日のアンマン爆破事件など、どう見ているのか? 過去の資料の研究に忙しくて現在の問題には盲目、というのなら何のための歴史研究なのか?)

(参照)

http://www.counterpunch.org/brenner05252005.html

The Plot to Stigmatize “51 Documents” on Amazon.com

事実はまさしく!Jon Benjaminの言うとおりなのだ! 『「9・11にイスラエルが関与している」と言うことが「新しいアンチセミティズム」』である!

これを多くの左翼ユダヤ人たちはどう見ているのか? かつてユダヤ人迫害を必要としていたのがシオニストであり、そのシオニストによる「ユダヤ人迫害の利用」は現在も延々と続いている、いや彼らの政治目的に沿ってますます強化されているのだ。この最も現在的な視点こそが「シオニズム研究」の眼目ではないのか?

彼らは決して「絶対悪に協力した裏切り者」などではない。ヒトラーとともに「絶対悪を演出した主犯」であり、さらにその背後に米英巨大資本(ブッシュ爺を含む)、およびその目標の実現に励む米英諜報機関がある。そして今日、またしても、「ナチズムに対する反感ゆえに?!米国のファッショ化に狂奔する!?」レオ・シュトラウスの一党と連なる極右シオニストが、「イスラム・テロの絶対悪」を演出しているのだ!

(参照)

http://asyura2.com/0505/cult2/msg/401.html

レオ・シュトラウスと宗教:翻訳と論考(3)

●ブレンナーが書きベツァレルが引用したと思われる箇所で、なぜ『1933年から35年までに、WZO(世界シオニスト組織)は、移住の許可書を請求したドイツのユダヤ人の3分の2を拒否』する必要があったと考えるのか? 『えり抜きの労働力をパレスチナに迂回させる可能性を妨害するかもしれなかった』とどうして言えるのか?

「労働力」というのなら、以下の阿修羅投稿でも明らかであるように、シオニストはアラブ諸国に「離散」していたユダヤ人たちを、爆弾テロを含むあらゆる手段を使って「迫害」を演出し、手当たり次第に強引に狩り集めていたのである。これが彼らの偽らざる基本姿勢なのだ。

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http://www.asyura2.com/0505/war70/msg/454.html

「シオニズムと対決するユダヤ人たち」からの翻訳:『イラクのユダヤ人』(第1部)

http://www.asyura2.com/0505/war70/msg/535.html

「シオニズムと対決するユダヤ人たち」からの翻訳:『イラクのユダヤ人』(第2部)

http://www.asyura2.com/0505/war70/msg/622.html

「シオニズムと対決するユダヤ人たち」からの翻訳:『イラクのユダヤ人』(第3部)

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また、アウシュビッツが「ユダヤ人迫害の場」(実際はユダヤ人と同時にジプシー、同性愛者、左翼主義者、心身障害者などに対する迫害の場)だったことに一点の疑いを持つ余地は無いにしても、『ユダヤ人を絶滅させるための場』でなかったことは、当の「絶滅収容所」を信じて疑わない(疑うことを許されない)人たち自身の調査からも明らかにうかがえることであろう。以下を参照していただきたい。

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http://www.asyura2.com/0505/war70/msg/123.html

ナチ収容所で死んだ5000人のスペイン人たち(エル・ムンドより)

【引用開始、エル・ムンド紙の記事より】

証人の中に、唯一の女性であるアンへリネス・マルチネス、およびドイツ系ユダヤ人のシーグフィールド・メイァ(Siegfried Meir)がいる。メイァは最初両親と一緒にアウシュビッツに送られ、両親はそこで死亡したが、彼はまだ子供だったのでマウトハウゼンに送ってこられた。

「そこで1年を過ごしました。そしてその間にスペイン人の共和主義者、サトゥルニノ・ナバソと知り合いました。私たちが解放されたときに私は彼に、私を一人にしないでくれ、と頼みました。そして彼は私を連れて出ました。私のような子供を背負っていくのは大変なことでした。私は生きるために盗みを働くことに慣れていたのです。」メイァは語った。彼は現在フォルメンテラ(Formentera)で事業を営んでいるが、ドイツには決して戻ろうとは思わなかった。「私はドイツにはアレルギーを持っています。言葉に対してすらです。これは体にしみこんでいます。」他の兵士たちとはやや異なった視点から語るこの男はこのように強調した。

【引用終り】

http://www.asyura2.com/0505/holocaust2/msg/105.html

マウトハウゼン収容所でも「ガス室」の大嘘?

【引用開始】

またご紹介したエル・ムンドの記事に書かれているユダヤ人の少年シーグフィールド・メイァ(Siegfried Meir)についても「アレ?」と首をかしげました。両親がアウシュビッツで亡くなった、ということですが、労働力にならない小さな子供をわざわざポーランドのアウシュビッツからオーストリアのマウトハウゼンまで移送するのかな?と奇妙に感じたからです。

彼は解放の1年前、つまり1944年にマウトハウゼンに移されたようですが、アウシュビッツが本当に「絶滅収容所」なら、両親が死んだ後(その死因についてもエル・ムンドの記事には書かれていない)どうして労働力にならない彼を生かしてここに移したのか? 彼が一人のスペイン人の世話で苦しみながらも生き延びることができたのは本当に良かったのですが、それはともかく、「絶滅収容所」に関しては重大な疑問が残ります。

【引用終り】

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私は敢えてここでは他の「レヴィジョニスト」「ディナイアル」と言われる人の言葉は引用しない。あくまでも私の言葉と私自身が翻訳した文献の表現で語る。ここでこれ以上「ガス室論争」について深入りするつもりは無いが、「ホロコースト史観」に呪縛されている人たちの限界は、いかに彼らが真摯にシオニズムの邪悪さについて研究したとしても、明白であろう。彼らも結局はあの真正ゾンビどもが演出する「過去」に操られるだけのゾンビの一種と化してしまっているのではないのか。彼らが真面目な人たちであると信じるがゆえに、私はそれが残念でしょうがないのだ。

●今回はここまでとし、次回はジャボチンスキー自身と彼の「修正主義シオニズム」党の足跡を具体的にたどっていくことにしたい。