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原発と自民党議員

大島理森
核融合エネルギー推進議員連盟 副会長
電源立地及び原子力等調査会 会長・顧問
2000/7/4~2000/12/5原子力委員会委員長

石破茂
夫人が昭和電工取締役の娘(東京電力・昭和電工とも森コンツェルン)
東電の大株主金融が出身支持母体
ブログにて「東電は不眠不休で対処にあたって頑張っているのだから東電役員会見は休止させて良い」と主張
東電とズブズブの自民党原発行政を隠すため東電の説明・報告責任忌避をはかる

谷垣禎一
97/9~98/7/30 原子力委員会委員長
2000 原子燃料サイクル特別委員会委員長

中曽根弘文
1999/10/5~2000/7/4  原子力委員会委員長

町村信孝
2000/12/5~2001/1/5 原子力委員会委員長

石原伸晃
原子燃料サイクル特別委員会副委員長
原子力研究所を核燃料サイクル機構に吸収させる

石原慎太郎
「高速増殖炉は人類の夢。実現すれば世界的に大きなパテントになる。国民は支持・応援を」
2002年2/9(土) 資源エネルギー省主催『エネルギー・にっぽん国民会議 in 東京』にて発言

逢沢一郎
原子燃料サイクル特別委員長

梶山弘志
核燃料サイクル開発機構

自民公明政権小泉内閣時代の福島第一原発の不正・トラブル
http://bit.ly/fpR96h
福島第一原発3号機でのプルサーマル実施を推進した福島県議会議員
http://bit.ly/fsn552
自民党と電力系献金
http://bit.ly/fHPGjm
原発を延長したのは自民党
http://jiyuu.dreamlog.jp/archives/5021925.html
自民党政権時の原発に対する問題ある対応
http://bit.ly/hgn8A1

自公政権小泉内閣時代の福島第一原発の不正・トラブル

 

http://www.jcp.or.jp/akahata/aik/2002-09-19/20_1501.html
日立、福島第一4号機の1992年定期検査で圧力容器貫通するICMハウジングにひび発見、「安全性問題なし」と評価しさらに「異常なし」に改ざん(2002/9/19)
http://www.jcp.or.jp/akahata/aik/2002-09-21/01_0102.html
福島第一原発1―5号機、同第二原発3号機、再循環系配管の溶接部にひび割れ、隠蔽(2002/9/21)
http://www.jcp.or.jp/akahata/aik/2002-09-25/05_0201.html
平沼赳夫経産相へ「原発損傷隠蔽事件をふまえての五つの緊急提言」緊急措置申し入れる、その後も不正相次ぐ(2002/9/25)
http://www.jcp.or.jp/akahata/aik/2002-09-25/13_1501.html
柏崎刈羽、福島第一、福島第二の三原発で新たな損傷隠し(2002/9/25)
http://www.jcp.or.jp/akahata/aik/2002-09-25/09_0401.html
福島第一、2・3・5・6号機の制御棒駆動水圧系配管裂傷について「点検項目ではない」「技術基準を満たしていないだけでは罰則がない」国の回答(2002/9/25)
http://www.jcp.or.jp/akahata/aik/2002-09-26/03_0102.html
福島第一3号機制御棒駆動配管282本中242本にひび、3本は貫通(2002/9/26)
http://www.jcp.or.jp/akahata/aik/2002-10-02/17_1501.html
福島第一原発1、2、3、5号機と第二原発3号機の炉心隔壁のひび割れ損傷隠しについて、法的処罰なし(2002/10/2)
http://www.jcp.or.jp/akahata/aik/2002-10-04/17_1503.html
福島第一原発4号機で原子炉再循環系配管のひび割れ、技術基準オーバー(2002/10/4)
http://www.jcp.or.jp/akahata/aik/2002-10-12/18_1501.html
福島第一原発1号機、緊急炉心冷却装置炉心スプレイスパージャのクランプを取り外し、定期検査を偽装・隠ぺい行為(2002/10/12)
http://www.jcp.or.jp/akahata/aik/2002-10-13/15_1501.html
IAEA国際会議、小泉内閣、損傷隠し「安全」報告、福島第一原発1、2号機、福島第二原発1号機など十機の定期安全レビュー、安全確保技術基準オーバー(2002/10/13)
http://www.jcp.or.jp/akahata/aik/2002-10-20/10_0501.html
日立、福島第一原発4号機の中性子計測ハウジングの点検捏造、天下り5年で45人(2002/10/20)
http://www.jcp.or.jp/akahata/aik/2002-12-08/14_1502.html
東電から原発検査短縮に協力の業者(日立など)に報酬、460日分37億円、福島第一原発は9億円支払い(2002/12/8)

http://www.jcp.or.jp/akahata/aik3/2004-01-17/15_03.html
福島第二原発3号機の残留熱除去機器冷却系配管ポンプ故障判明、翌日に国が安全性認可・再稼動許可(2004年1月17日)
http://www.jcp.or.jp/akahata/aik3/2004-12-12/04_01.html
福島第一原発のコンクリート「アルカリ骨材反応」試験データのねつ造発覚(2004年12月12日)

http://www.jcp.or.jp/akahata/aik4/2006-02-01/2006020115_01_0.html
東芝、福島第一原発の原子炉注水流量計の試験データ改ざん(2006年2月1日)
http://www.jcp.or.jp/akahata/aik4/2006-03-05/2006030501_02_0.html
福島第一原発6号機など複数原発の制御棒にひび多発、制御棒脱落や駆動できなくなる可能性(2006年3月5日)
http://www.jcp.or.jp/akahata/aik4/2006-04-18/2006041804_03_0.html
福島第一原発1―6号機、津波の引き波で取水不能の恐れ(2006年4月18日)

http://www.jcp.or.jp/akahata/aik07/2007-03-23/2007032315_02_0.html
福島第一原発の臨界事故(78年)把握せず、問われる国のずさんな監督責任(2007年3月23日)
http://www.jcp.or.jp/akahata/aik07/2007-03-31/2007033115_03_0.html
福島第一原発3号機、制御棒が脱落・7時間半臨界事故(1978/11/2)に関する記録改ざん、東京電力が2007/3/30に発表した報告書で明らかに(2007年3月31日)
http://www.jcp.or.jp/akahata/aik07/2007-10-27/2007102703_01_0.html
福島第一原発6号機、茨城県沖地震(2000年7月・震度4)で配管破断事故(2007年10月27日)

原発と自民党議員
http://bit.ly/fiAol5
福島第一原発3号機でのプルサーマル実施を推進した福島県議会議員
http://bit.ly/fsn552
自民党と電力系献金
http://bit.ly/fHPGjm
原発を延長したのは自民党
http://jiyuu.dreamlog.jp/archives/5021925.html
自民党政権時の原発に対する問題ある対応
http://bit.ly/hgn8A1

田所博士!!

「迫り来る大地震活動期は未曾有の国難である」


衆議院予算委員会公聴会で石橋教授が原発震災を強く警告(全文)

石橋克彦(いしばしかつひこ) 

1944年神奈川県生まれ。 地震テクトニクスを専攻とし、東海地震説の提唱者として知られる。

現在、神戸大学 都市安全研究センター教授。著書に「大地動乱の時代」(岩波新書)など。

石橋教授の大反論

■朝日新聞「原発震災 読めぬ被害」

 

■発言の様子をビデオライブラリーで視聴できます!! 

平成17年2月23日 (水)平成17年度総予算議名 : 予算委員会公聴会を開き、”石橋克彦(公述人 神戸大学都市安全研究センター教授)  9時 39分  22分”を開く

【衆議院予算委員会公聴会(2005年度総予算)】2005年2月23日

甘利明予算委員長「次に石橋公述人にお願い致します」

石橋克彦公述人「神戸大学都市安全研究センターの石橋と申します。宜しく御願い致します。

私は地震の研究をしておりますが、その立場からですね、『迫り来る大地震活動期は未曾有の国難である』というテーマで、そ れを賢明に乗り切るためには、地震対策、地震防災対策というような技術的、あるいは戦術的な対応では到底凌ぎきれなくて、私たちの国土、あるいは社会経済 システムというものの根本的な変革が必要ではないでしょうかという意見を述べさせて頂きたいと思います。

■地震の活動期に入った日本

日本列島の大地震の起こり方にはですね、活動期と静穏期と いうのが認められます。これは地学的、物理的に根拠のあることであります。で、非常に重要なことは、敗戦後のめざましい復興、それに引き続きます高度経済 成長、さらには人類史上まれにみる技術革新の波に乗って、都市が非常に利便性を高めた、高度化、高度に発展した、都市が発展した。(★参考:ニュートンス ペシャル ワーストケース 東京壊滅 巨大地震

 

で、日本の現在の発展が作られたという、これはですね、たまたま巡り合わせた日本列島の地震活動の静穏期に合致していた、ということであります。つまり、大地震に洗礼されることなく、現代日本の国家社会というのはできあがっているのでありまして、基本的に地震に脆弱な面を持っております。

ところが現在、日本列島はほぼ全域で大地震の活動期に入りつつある、ということはほとんどの地震学者が共通に考えております。ということはですね、非常に複雑、高度に文明化された国土と社会が、言ってみれば人類史上初めて大地震に直撃される。

それも決して一つではない。何回か大地震に襲われるという、そういうことであります。従いまして、あのう、人類が、これ大げさでなくてですね、人類がまだ見たこともないような、体験したこともないような震災が生ずる可能性が非常にあると思っております。

■起こりうる原発震災

で、あのう、地震という言葉と震災という言葉が普通、ごっちゃに使われておりますけども、私が地震と言っておりますのは地下の現象です。地下で岩石が破壊する、これが地震であります。

これは自然現象でありまして、もう、よくも悪くもない、もう日本列島の大自然として淡々と起こっている。我々が日本列島に住む遙か前から、地震はそうやって起こっている訳です。

震災というのはそれに対しまして社会現象であります。地震の激しい揺れに見舞われた所に我々の社会、あるいは文明がある時に生ずる、その社会の災害でありまして、社会現象だと思います。

で、将来具体的にどういう震災が起こるだろうかと考えてみますと、まあ言ってみれば、広域複合大震災とでもいうべきもの、 それから長周期震災、あるいは超高層ビル震災とかオイルタンク震災とでも言うべきもの、それからもう一つ、原発震災とでも言うべきものが、将来起こりうる と私は考えております。

それぞれがどういうものかは近未来の日本列島の地震情勢に則して、もう少しご説明したいと思いますが、あのう、近未来の日本列島の地震 情勢を簡単に言いますと、駿河湾から御前崎沖、遠州灘辺りの非常に広い範囲の地下で、すぐ起こってもおかしくないと思われているのが東海巨大地震でありま す。

で、その西、熊野灘では東南海地震、それから紀伊水道、四国沖では南海地震という巨大地震がもうそろそろ射程距離に入ってきた。今世紀の半ばごろまでにはほぼ確実に起こるであろう、と考えられています。まあ、で、あの2年くらい前ですか、特別措置法もできた訳であります。

■いつ起きるか分からない大地震

東海地震に関しては1978年にすでに大規模地震対策特別措置法ができております。

で、場合によりますと、すぐ起こってもおかしくないと思われている東海地震が少し先送りされてですね、つまり、大地が頑張ってしまって、すぐには起こらないで、東南海地震と一緒に、1854年に安政東海地震という非常な巨大地震がありましたが、そういうものが起こるかもしれない。

その場合には、引き続いて南海地震が起こるかもしれない。1854年の場合には、12月の23日に東海地震がありまして、翌日24日、わずか30時間を隔てて南海巨大地震が起こりました。それから1707年には今度は両者が同時に起こりました。そういうことも今世紀半ばにあるかもしれません。

一方、首都圏に目を移しますと、首都圏直下の大地震は、これはまあマグニチュード7クラスの大地震と思われていますが、これはまあ、あのう、いくつか地下の候補地がありまして、これもいつ起こってもおかしくないと考えられております。

中央防災会議が昨年の12月に被害想定を発表したところであります。しかし、過去の例で言いますとですね、安政江戸地震という直下型が起こって、江戸に大変な被害をもたらしております。

で、あの、将来もそういうことがありうると思います。つまり、東海、南海地震が起こって、じきに、その年か翌年か、2、3年後か分かりませんけども、首都圏直下で大地震が起こる、そういうこともあり得ると思います。

さらに、先立つ数十年間、内陸でも地震がいくつか起こる。すでに神戸の地震、それから昨年の新潟県中越地震はこういうものの仲間であっただろうと考えられております。

■都市型災害、山地災害、大津波……

その震災、災害のほうでありますけれども、東海地震が起こりますとですね、もしその1854年と同じ様な駿河湾の奥から熊野灘地下の広 大な断層面が破壊するという強大な大地震が起こりますと、まず、阪神大震災と中越震災があちこちで随所で同時多発するということが起こります。

つまり、沼津、三島あたりからですね、尾鷲(地図)ぐらいまでの各都市で都市型の震災が起こるわけです。

それと同時に、山地でも山地災害が起こる。内陸、甲府盆地とか諏訪湖の周辺とか、場合によったら北陸とかですね、そういうところも非常に激しく揺れまして、そういう所でも激しい災害が生ずると考えられます。

さらにこの場合には大津波(津波の発生メカニズム)が生ずる訳です。で、房総半島から、まあ尾鷲のあたりまでは大津波です。まあ特に相模湾から尾鷲のあたりまでは非常な大津波で、海岸の地形や何かによってはインド洋の大津波(スマトラ沖地震・津波の映像Blog)に匹敵するようなことが起こる場所もあるかもしれません。と言うわけで、これらは、まあ、広域複合大震災と言ってもいいものだと思います。

■長周期振動の被害

2番目にですね、その巨大地震というものが起こりますと、これはその地下の、地下で地震の波を出す領域が非常に大きいためにですね、ゆったり揺れる、非常にゆったり大きく揺れる長周期の地震波というものを放出します。

これはもう、物理的に必ず放出します。で、それが少し離れた所へ伝わると、例えば東京湾の地質構造、伊勢湾の地下構造、それから大阪湾 の地下構造、そういうことの影響で、さらにそのゆったりした揺れが増幅されて、で、さらにその受け皿の関東平野、濃尾平野、大阪平野、そういう所がゆっく りとですけども、非常に激しく、大きく揺れます。これを長周期の強震動、強い振動と言います。

これは超高層ビルや大規模なオイルタンクや、それから長大橋、長い大きな橋ですね、そういうものに大きな影響を与えます。(Google検索「長周期地震」)

で、まあ超高層ビルは最近の都市再生というような政策によってどんどん建てられておりますけれども、まあ最近の超高層ビルは制震装置というようなものを備えて揺れを抑えると言われておりますけども、まだ実際の長周期強震動に洗礼されたことがありません。

ですから万全かどうかは分かりません。まして例えばバブル期にコストを切りつめて建てられた超高層マンションなんてのはかなり危険性が高いと思います。

最近はシミュレーションなんかも行われておりますが、上の方の階はですね、非常に大きく揺れ、予想外に大きく揺れまして、家具の滑動、 滑って動く、ピアノとか家具とか大きなテレビとかがもうすーっと滑って、思いがけなく上に住んでいる人を押しつぶすというようなことで被害、人的被害も起 こり得ます。

さらには致命的な、構造的な被害も生ずるでしょうし、また設備がやられますのでエレベーターが動かない、水が出ない、トイレが使えない、ということで上に人が住んでいられない。

ですから、超高層マンションやなんかが林立して、非常に都市空間が有効に活用されていると思っていてもですね、その地震の場合には結局 住民は全部下へ降りてきてブルーテントを張って、地べたで避難しなければならないということが起こり得ます。さらにはその構造物自体が損傷するかもしれな い。

また、石油コンビナートのオイルタンクなんかもその長周期の揺れによってですね、オイル火災を起こす。で、これは一昨年の9月26日の十勝沖地震の時に苫小牧でオイルタンクの火災が発生して俄然問題になりましたけれども、こういうことが起こることはもうずっと前から分かっていることであります。

これがまあ超高層、じゃない超高層ビル震災とかオイルタンク震災とか言ってもいいような、長周期震災であります。

オイルタンクの火災、コンビナートの火災は津波によってですね、火の付いた油を乗っけた海水が津波によって市街地に遡上して、市街地延焼化作用を誘発するということも起こるかもしれません。

■最悪の災害としての原発震災

3番目の原発震災ということでありますが、これは私が1997年に作った言葉ですけれども、東海地震の場合ですね、東海地震のその予想震源域という、地下 で地震波を放出すると考えられている領域の真上に中部電力の浜岡原子力発電所がありまして、今年になって5号基が動き始めました。で、すでに4、5、大分 時間、年を経た4,5まではもう動いている訳です。

でこれはまあ、日本の場合、53基の原子炉が今ありますが、地震には絶対安全だということになっております。

それから中部電力も浜岡の原発は東海地震には絶対耐えられるとまあおっしゃる訳ですけども、地震学的に見ますと、いろいろ疑問点はあります。想定の地震、あるいは地震の揺れがまだ不十分なのではないかというようなことです。

アメリカでは地震現象というのは、地震というのは原子力発電所にとって一番恐ろしい外的要因であるというふうに考えられております。といいますのはですね、普通、原発の事故というのは単一要因故障といって、どこか一つが壊れる。

で、その場合は多重防護システム、あるいはバックアップシステム、安全装置が働いて、大丈夫なようになるというふうに作られているわけですけども、地震の場合は複数の要因の故障といって、いろんなところが振動でやられるわけですから、それらが複合して、多重防護システムが働かなくなるとか、安全装置が働かなくなるとかで、それが最悪の場合にはいわゆるシビアアクシデント、過酷事故という炉心溶融とか核暴走とかいうことにつながりかねない訳であります。

浜岡原子力発電所も600ガルという強い地震の揺れに耐えるから絶対大丈夫だと中部電力が言っておりましたけども、今年の 1月28日には社長さんが記者会見されまして、念のために1000ガルという揺れまで耐えるように耐震補強工事をしますということになりまして、ですから どこまで丈夫にしたら大丈夫なのかということははっきりしている訳ではございません。

(参考ブログ■東京新聞・補強箇所記事、中電より回答:1000ガルに根拠なし

で、万ゝが一ここで地震によってですね、東海地震によって、浜岡原発が大事故を起こしまして、大量の核分裂生成物、その炉心に溜まっている核分裂生成物が 外部に放出されますと、これは例えば浜岡の3号基が110万キロワットの発電能力を持っていますけども、そういう原子炉を1年間運転すると、広島型原爆の 700発から1000発分のいわゆる死の灰が溜まると言われています。

そういう物の何%か何十%か、まあ事故によってずいぶん違いますけども、そういう物が放出されますと、まあようするにチェルノブイリの原発事故のようなことが起こる。

で、近くに住んでいる住民は急性放射能障害によってすぐ死ぬ、それからやや離れたところでもですね、パーセンテージが減っていくだけでそういうことが起こる。

 

シミュレーション「浜岡2号機がメルトダウン」した場合の放射能拡散分布

さらに、放射能雲、死の灰の雲が、まあ御前崎の場合は南西の風が吹いていることが多いんですけれども、その場合には、清 水、静岡、沼津、三島、そういうところを通って箱根の山を越えて神奈川県、首都圏にも流れてくる。これは気象条件によります、風の早さなんかによりますけ ども、まあ12時間くらいすると首都圏にもやってくる。で、それで雨が降ったりしますと、放射能がその雨粒に付いて、降ってくる訳です。

私が原発震災といいますのは、決して地震による原発の事故と言う単純な意味ではありませんで、仮に東海地震によってですね、新幹線が脱線転覆するとか、まあ建物がいっぱい倒れる、燃える、そういうことで1万人の方が亡くなるとします。

で、地震ではない時に、平常時に仮に万一、浜岡で大事故が起こった時に、近隣住民が1000人死ぬとします。放射能で。で、それが同時に起こったら、じゃあ死者は11000人かというと、決してそうではない訳ですね。

放射能から避難しようと思っても、地震の被害で、津波や液状化で道路、橋はずたずた、建物はたくさん倒れて道路はふさいでいる、ということで、逃げようにも逃げられない。浜岡のその原発事故に対処しようと思っても、対処できない。

一方、新幹線が脱線転覆して閉じこめられている、あるいはもう無数の家屋が倒壊してその中にまだ生きているけども閉じこめられている。

そういう人たちを、普段であれば、まさに神戸の時のように、まああの時はちょっと時間が遅れてしまった訳ですけども、それこそ自衛隊やボランティアが駆けつけて救出するということができるわけですけれども、非常に強い放射能がある訳です。

襲ってくる訳ですからおそらくそれは非常にやりにくい、できないんでは、まあどうなるか分かりません、決死隊が行くのか何か分かりませんけども。

さらには、通常の震災による生き埋めの人、救出できる人が見殺しになるんではないか。そうすると死者が数万人にも十万人にも及ぶわけです。ということが東海地方で起こりかねない。

さらに東京に目を移しますと、そのやや長周期の振動で超高層ビルや何かが被害を受けてですね、大勢の人がブルーテントで地面に避難しているというような、そこへその放射能雲がやってくる訳です。かなり気象条件によっては東京でも放射能レベルが高いものがやってきます。

で、そういう場合、本来、人々は密閉された建物の中に避難すべきでなんでありますが、怖くて避難できないですし、避難してても水がなんにも無いから暮らせない。

ということでこれは大変なことになります。で、だいたい東京あたり、もっと遠くまでですね、長期避難しなければなりません。

急性死亡はしませんけれども、そこにとどまっておりますと、対外被爆、体内被爆というものを受けて、長年のうちにはがんで死ぬ恐れがある。

また、子孫に遺伝的な影響を与える。ということで避難しなければいけません。このしかし、膨大な首都圏の人間がどうやって避難するのか、それは大変なことであります。

で、そういう首都圏をですね、例えば翌年、今度東京直下地震が襲うと、そうするとその放射能のために修理、本格的な修理もできないでい た、壊れた、損傷した超高層ビルなんていうのが非常なダメージを受けて弱くなっていますから、これがもう轟音を建てて崩れるということが起こるかもしれな い。

というわけでさらにその災害が増幅される。で、そもそも東京は放棄せざるを得ない。首都を喪失する訳です。

そこに至るまでの静岡県や神奈川県という国土ももう長年人が住めない、土地が喪失、国土が喪失される。そもそも水源が汚染されますから水が飲めない、人が暮らせないということになります。で、まあ、これは日本の衰亡に至るであろう。

だいだい東海地震が起こった途端に世界のその国際市場、日本の国債が暴落するとか、で、世界経済は混乱しますし、大変なことだと思いますが、この原発震災が起こればこれはもう本当に物理的にも社会的にも日本の衰亡に至りかねないと思う訳です。

で、こういうことがすべて同時に起こりますと、本当に大変な訳で、これにどう対処したらいいか。これはですね、もうあの地震防災対策ということでは凌ぎきれない。

中央防災会議が平成15年の5月に東海地震対策大綱というものをたてまして、例えば事前に自衛隊がどこへどこの部隊を投入するというよ うな計画をきちんとたてておいて、それに従って、発災した場合の対応をするということを決めるというのをやりましたけども、この浜岡原発震災が起こればそ ういうものは吹き飛んでしまうわけです。

結局私は、現在の日本の国土とか社会の情勢、非常に地震に弱くなっていて、例えば地方の小さな山村とか地方都市もですね、地震に襲われた時、本来はそこが自立して、完結して、震災後の対応をしなければいけないんですけども、そういうことができないような状況になっている。

■地震と共存する文明を

ということで、私たちの暮らし方の根本的な変革が必要ではないかと考えています。これは決して地震とか自然災害に対して受け身、消極的にやむを得ずやるのではなくて、これ以外のあらゆる問題に通じると思います。

現在、まあ日本でも世界でも二十一世紀の非常に大きな問題でありますエネルギー、食糧あるいは廃棄物、環境、そういった問題にすべて通じることである。で、あの私の前の話の地方分権にも通じることだと思います。

そもそも日本列島に居る限り、地震と共存する文化というものを確立しなければならない。つまり、従来は自然と対決する文明で、それに対して最新技術でもってバックアップしようという考え方でしたけれども、自然の摂理に逆らわない文明というものを我々は作っていかなければならないと思います。

要するに開発の論理、あるいは効率、集積、利便性の論理、それから東京一極集中、都市集中の論理、そういう物をやはり見直してですね、 保全とか小規模、多極分散、安全と落ち着き、地方自立、国土の自然力と農村漁村の回復、といったようなことをキーワードにして、根本的な変革が必要である と、まあその地震災害を考えると、私は強く思います。

なお、原子力発電所に関してはですね、これはまあいろんな他の問題もあるわけですけども、本当に危険でありまして、浜岡だけではありません。例えば若狭湾に十三機の商業用原発がありますけれども、ここも地震の危険性が高いところであります。

で、そういうことからして、全国の原子力発電所の原発震災のリスクというものをきちんと評価してですね、その危険度の高い物から順に段階的に縮小する、 必然的に古い物から縮小されるということになると思いますので、そういうことを考えない限り、大変なことが起こって、まあ世界が一斉に救援に来て、同情し てくれるでしょうけども、逆に世界中から厳しい非難を浴びるということにも成りかねないわけで、こういうことを急いでやることは日本の責務だろうと思いま す。

以上です。どうもありがとうございました」

甘利予算委員長「ありがとうございました」

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今日のつぶやき。

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  • RT @preabsanol: 環境政策で世界をリードするドイツならびに欧州の環境規制最新動向HP ニュースレターもあり http://www.mochizuki.de/dyidododeueuaoii.php posted at 12:26:05
  • RT @preabsanol: アルジャジーラがボリビアの気候危機と「環境債務」レポート。最初のレポーター・チャベス顔。ボリビア気候民衆国際会議の様子も。「コペのバトルからカンクンのバトルへ!」チャベスには国際会議みなバトル(笑) http://bit.ly/b4DIOM posted at 12:27:26
  • Indian writer Arundhati Roy threatened with prosecution under anti-terrorism law http://bit.ly/aMCgZT posted at 12:32:08
  • 私、基本的に先進諸国は信用していません。RT @koudaiin: .@takapapacom ドイツは自国はクリーンにして公害企業はアフリカで操業した。あくどいともいう。 posted at 12:33:32
  • RT @gloomynews: アフガンのカンダハルに駐留する米軍兵士9人が今年初旬に地元住民3人を虐殺した疑いで米陸軍が内偵中と米マクラッチー紙報道。http://ow.ly/1OrJM posted at 13:01:24
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  • タレント候補/政党の体たらくが招く乱立 http://bit.ly/aWeDUl 筒井康隆の予言どおり。新聞はすべて芸能欄になる。 posted at 13:14:00
  • 地デジ移行で難視地区増加 http://bit.ly/a4gKtV それは幸せなことだ。無駄なお金を使わないで良いし、愚劣な番組を見ないで済む。 posted at 13:16:33
  • 日豪軍事同盟を憂慮する:武器輸出三原則に新たな抜け穴 http://bit.ly/a7Ijzh posted at 13:24:36
  • 「Twitterを規制するなら総務省に火をつける(笑)」――孫社長、一問一答 http://bit.ly/cXbjoT m9 ( ´Д` ) 通報しますたw posted at 13:27:44
  • RT @hanayuu: 〔普天間〕沖縄県外移設だと「天下りポスト」がなくなる財務省も困る
    | http://bit.ly/cPdOCZ posted at 13:32:44
  • 世界中の優良番組が見られるといいな。RT @chan_dora: グーグルTVができるらしいし、それを追随して日本でも孫さんあたりが何かやるんじゃないでしょうかね RT @takapapacom: 地デジ移行で難視地区増加 http://bit.ly/a4gKtV posted at 13:37:35

  • 16km間隔での「量子テレポーテーション」に成功 http://bit.ly/boBmuB びっくりした。ついに「どこでもドア」完成か、と思ったのに。 posted at 13:39:58
  • また、ここでも小泉か。RT @chan_dora: もともと現存のネット環境を整備するだけで新しいデジタルTVの配信もできたはずなんですけど、小泉さんが地デジゴリ押ししちゃいましたからね。。どんだけ無駄な公共事業なんだ、と。 RT @takapapacom: 世界中の優良番組が posted at 13:46:30

  • クーデターでは必ずメディアを占拠するもんね。RT @chan_dora: TVに相互性があると困る人たちがいるんでしょう。 http://bit.ly/9j2uC5 RT @takapapacom: また、ここでも小泉か。RT @chan_dora: もともと現存のネット環境を posted at 14:01:14
  • 私も…_〆(゚▽゚*) メモメモ RT @applecider52: http://bit.ly/btxVNa ,,,φ(・・”)メモメモ これはスル気があれば即座に裏とりできるよな。 posted at 14:12:27
  • A Listing of Progressive Alternative Media, 2010 http://bit.ly/byTLT8 posted at 14:21:41
  • www RT @AnsaiBot: 在日米軍 http://bit.ly/aYOP83 在日米軍とは、アメリカ合衆国が日本に送り込んだ、本国やイラク及びアフガニスタンなどでは使えそうも無い性欲しかない人間の格好をしたケダモノ(ユーモア欠乏症患者)の集まりである。 posted at 14:34:03
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    | http://bit.ly/9EveT5 posted at 18:10:33
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  • こらこら、人の不幸に季節感を感じるなんて。めっ。RT @chan_dora: 春ですなぁ RT @headline: 【社会】山林に70歳代の男性遺体…ヒグマのしわざか – 北海道: http://bit.ly/cAoF4t posted at 18:23:06
  • RT @kuniguni: 『アメリカ合衆国』 首都:ワシントンD.C. – 面積:371.8万平方マイル – 人口:3億701万人 http://bit.ly/46Xjy1 政体:大統領制、連邦制(50州他) – GDP成長率:5.7% posted at 18:25:20
  • RT @chan_dora: ホントに? RT @hanayuu: 【緊迫】〔普天間〕NHK「日米が辺野古陸上案で大筋合意した」  | http://bit.ly/bwVEGv posted at 18:56:13
  • ぽっぽ、言葉の選び方に慎重さがなくなってきたな。 posted at 18:57:38

  • 資料を持って帰ろ。 posted at 18:59:24
  • 今から行くわ。RT @blackFCR: 焼肉だじぇい! posted at 19:02:37

 憲法を考える資料集め

原文・資料に目を通す.

全文 no title 英語版the Constitution of Japan

日本国憲法の誕生

日本国憲法 – Wikipedia

日本国憲法第9条 – Wikipedia

憲法改正論議 – Wikipedia

押し付け憲法論 – Wikipedia

新しい憲法の話

解釈を考えてみる.

東京新聞:憲法を歩く 施行60年(TOKYO Web)

日本国憲法実態版

映画 日本国憲法

論説のページ もくじ

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改憲を巡る様々な動きや意見

憲法審査会

参議院憲法調査会:参議院ホームページ

403 Forbidden

憲法改正のポイント

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民主党憲法調査会「中間報告」目次 2004/06/22

憲法をめぐる議論についての論点整理

日本共産党/政策・見解/憲法

「九条の会」オフィシャルサイト

反改憲ネット21

日弁連 – 憲法改正手続法の抜本的見直しを

システムエラーが発生しました – Yahoo!ニュ-ス

改憲闘争

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日本国憲法のブログ coup de main /ウェブリブログ

市民立憲フォーラム

逐次追加.

 戦略としての飢餓

戦略としての飢餓

イニャシオ・ラモネ(Ignacio Ramonet)

ル・モンド・ディプロマティーク編集総長

訳・中根雄也

原文 http://www.monde-diplomatique.fr/1998/11/RAMONET/11315.html

 次の算数を御存知だろうか。世界の3大富豪が、国家総数の4分の1にあたる最貧国48ヵ国の国内総生産(GDP)(1)総額を上回る資産を所有していることを。

 ここ20年(1979~98)の超自由主義的潮流の中で、貧富の格差が拡大してきたことは知られていたとしても、これほどまでとは誰が思うだろうか。さらに言えば、「上位20%(人口換算)の最富裕国と下位20%の最貧国の所得格差は、60年には30倍だったが、95年には82倍にまで拡大した(2)」そうなのだ。70以上の国で、1人当たり所得は20年前よりも減少し、地球全体で見ると人類の半数にあたる30億近い人々が、1日10フラン[≒200円]以下で生計を立てざるを得ない状況にある。

 かつてない程の富の集中が見られる一方、家もなく、仕事もなく、十分な食べ物すらない人々の数は増加の一途をたどっている。開発途上国に住む45億人のうち、ほぼ3人に1人は飲み水さえ手に入れることができない。子供たちの5人に1人はカロリーやタンパク質を十分に摂取できていない。また人類の3分の1、約20億もの人々が貧血をわずらっている。

 どうしようもないと言うのだろうか。いや、決してそんなことはない。国連によれば、最低限必要なもの(食べ物、飲み水、教育、医療)を地球上のすべての人に行き渡らせるためには、世界の大富豪225人に蓄積した富の4%も出させれば十分なのだ。衛生面や栄養面での必要を満たすためだけなら130億ドル、つまり米国と欧州連合(EU)で年間に消費する香水の金額があれば足りるのだ。

 12月に50周年を迎える世界人権宣言では「すべて人は、衣食住、医療及び必要な社会的施設等により、自己及び家族の健康及び福祉に十分な生活水準を保持する権利(中略)を有する」と謳われている。しかしながら多くの人々にとって、これらの権利はますます遠いものとなっている。

 食べる権利を例に取れば、食べ物が不足しているわけではない。食料品がこれほど豊富にあったことはなかったし、地球上の60億すべての人が1日最低2700カロリーを摂取できるだけの量はあるはずだ。しかし、生産すればよいというものではない。なおかつ、食べ物を必要とする人々がそれを買い、口にできるようになっていなければならない。現実はまったく違う。毎年3000万人が餓死し、8億人が慢性的な栄養失調に苦しんでいる。

 どうしようもない、ということなど決してない。天候による不作は予測できることも多い。「飢餓反対行動」(3)のような人道援助組織が介入することができれば、発生しかけた飢餓は数週間でくい止められる。

 では、多くの住民が餓死するのは何故なのだろうか? それは飢餓が政治的武器と化しているからである(4)。今や飢餓はただでは発生しない。冷戦の終焉によって金づるを失った支配者層や諸機関が、あろうことか、飢餓を戦略として活用しているのだ。シルヴィー・ブリュネルは次のように述べている。「飢えさせる対象が、征服すべき敵方の住民から自国民へと代わった。紛争は恵みの雨、使おうと思えばいくらでも使える。メディアの映像、そして映像が必然的に引き起こす国際的な同情の嵐。金と食料が降り注ぎ、政治演説の場も提供される」

 ソマリア、スーダン、リベリア、北朝鮮、ビルマ(ミャンマー)、アフガニスタンの政府責任者や武装勢力指導者は、罪のない人々を人質に取り、政治目的を達成するために彼らを飢餓に追いやっている。シエラレオネの例など、残酷このうえない。1年前からサンコー元伍長率いる革命統一戦線(RUF)は、農民と見れば農作業をできなくするために斧で腕を切断するという、身の毛もよだつようなテロ活動を展開している。こうしてみると、天候によって大飢饉が引き起こされるというよりも、今や人間が人間を飢えさせているのである。

 食料が豊富にあるにもかかわらず、政府の政策によっては飢餓が引き起こされることを解明した著作で知られ、今年度のノーベル経済学賞を受賞したアマーティヤ・セン博士は、次のことを述べた。「飢餓の悲惨な歴史の中で最も注目すべき事実の一つは、民主制と比較的自由なジャーナリズムが存在する国では、かつて一度も大飢饉が起きていないということだ(5)」。セン博士は新自由主義的主張に反対し、社会福祉の増進のためには、市場ではなく国家にもっと責任を与えるべきだと主張する。国家のあるべき姿とは、自国民が何を求めているかを敏感にとらえ、地球規模で全人類の発展を考える、そのようなものであるはずだ。

(1) 国内総生産とは、一国の(財・サービスの)総生産物の価値を言う。

(2) 「人間開発に関する世界年鑑1998年度版」(国連開発計画(UNDP)、ニューヨーク、1998年9月)参照。ドミニク・ヴィダル「国連開発計画の報告を読むと」(ル・モンド・ディプロマティーク1998年10月号)も参照。

(3) 本部(Action contre la faim): 4 , rue Niepce , 75014 Paris, France; ir@acf.imaginet.fr。ロンドン支部(Action Against Hunger UK): 1 Catton Street, London WC1R 4AB, U.K.;aahuk@gn.apc.org。ニューヨーク支部(Action Against Hunger USA): 875 avenue of the Americas, Suite 1905, New York, New York 10001, U.S.A.;jfvidal@aah.usa.org

(4) シルヴィー・ブリュネル、ジャン‐リュック・ボダン『飢餓の地政学-飢餓が武器となる時』(「飢餓反対行動」年報、フランス大学出版、パリ、1998年、全310ページ)参照。

(5) エル・パイス紙(マドリード)1998年10月16日号。

(1998年11月号)

* 最終段落「大飢饉が起きていない」を「大飢饉が起きていないということだ」に訂正(2002年11月16日)

* 筆者名のカタカナ表記「イグナチオ」を「イニャシオ」に訂正(2003年7月27日)

All rights reserved, 1998, Le Monde diplomatique + Nakane Yuya + Saito Kagumi

 国なきスンニ過激派の群像

国なきスンニ過激派の群像

オリヴィエ・ロワ(Olivier Roy)

国立学術研究センター主任研究員

訳・斎藤かぐみ

 すべては1983年に始まった。イスラム過激派の衝撃が欧米を駆けぬけた。フランス落下傘部隊とアメリカ海兵隊の兵舎爆破事件が、数百人の死者を出したのだった。革命後のイランは「大悪魔」アメリカに対する敵意をむき出しにしていた。同じ頃、レーガン米大統領にとって悪の帝国だったソ連がイスラム国家アフガニスタンに爆弾を浴びせかけていたが、イスラム過激派は奇妙にも容認姿勢を示していた。アメリカは頭をめぐらせた。ソ連にアフガニスタン占領のツケを最大限に払わせよう。イスラム過激派の矛先を共産勢力と、ついでにイランのシーア派にも向けさせよう。スンニ過激派を支援すれば、シャーリア(イスラム法)の完全実施を打ち出すだけで、イスラム「革命」とまでは言わないでくれるだろう。こうしたアメリカの思惑は、サウジアラビアの利益とも一致していた。スンニ派のサウジ王国はシーア派のイラン共和国に対抗して、イスラムの正統としての地位を強化したいと望んでいたからだ。他方、パキスタン情報局の当時(から現在にいたるまで)の狙いは大局的だった。アフガニスタンをコントロールし、中央アジアへの足がかりを築くために、スンニ派イスラムというカードを使おうとしたのだ(1)。

 作戦を立てたのは米中央情報局(CIA)、サウジ中央情報局長(現在と同じトルキー王子)、パキスタン統合情報局(ISI)だった。ただし「手を汚す」構えがあったのは ISI だけだった。CIA はヴェトナムやラオスでの隠密作戦に懲りており、局員を現地で直接関わらせたくなかった。サウジはと言えば、国防からロールスロイスの運転まで、何でも下請けに出すのが常だった。そういったわけで、実務はアラブのムスリム同胞団とパキスタンのイスラム党(77~88年の大統領、ハク将軍の顧問を輩出)に委ねられた。

 84年末以降、中東のイスラム活動家の中でも血気にはやった数千人が、続々とアフガニスタンに向かった。サウジの富豪、ウサマ・ビン・ラーデンが募兵の調整に当たった。志願兵はパキスタン北部のペシャワールの事務所の世話を受けた。事務所を率いていたのはアブドッラー・アッザーム、ヨルダンのムスリム同胞団に属するパレスチナ人で、89年9月に何者かの手で暗殺された。「アフガン」と呼ばれるようになった志願兵の多くは中東諸国の反政府活動家だった。唯一の例外がスーダン人で、イスラム人道援助組織を中心に活動していた。当然ながらシーア派は皆無だった(2)。「アフガン」は主にヘクマチヤール元アフガニスタン首相率いるイスラム党の軍事拠点に送りこまれたが、現在タリバーンの強力な支持者となっているジェッラルディン・ハッカニのような地方司令官に従うこともあった。

 ソ連のアフガニスタン撤退(89年2月)、湾岸戦争(90~91年)、ソ連崩壊(91年)が状況を一変させた。「アフガン」はアメリカにとって用済みになっただけでなく、イスラムの地で戦争を行ったアメリカに背を向けるようになった。サダム・フセインを支持してサウジの不興を買ったヘクマチヤールを見限ったパキスタンは、94年8月になって、同じくイスラム主義だが保守派のタリバーンというカードを切った。94年から96年までの間は、アメリカもタリバーンに好意的な視線を向けていた(3)。ふたたび状況が変わったのは、タリバーンがビン・ラーデンに庇護を与え、ケシ栽培から利益を上げ、女性を激しく抑圧したことによる。97年秋には、オルブライト米国務長官はタリバーンからはっきりと距離を置くようになった。

 だが、アフガニスタンの部族支配地帯に設けられ、反ソ連ムジャヒディン(聖戦士)の養成に用いられた軍事拠点が閉鎖されることはなかった。アフガニスタンのイスラム国家、94年の再分裂未遂以前のイエメン、カシミール、ボスニア、そして今やアメリカといった世界各地で続行中のジハード(聖戦)に向けて、国際ネットワークを通じた募兵が続けられた。追いつめられた活動家がアフガニスタンに逃れ、鍛え上げられた闘士となって帰国するという流れが確立された。「アフガン」の姿は各国の過激派グループの中に見つかる。それぞれのグループには独自の歴史があり、「アフガン」の産物というわけではないのだが、アルジェリアの武装イスラム集団(GIA)は例外かもしれない。イスラム救国戦線(FIS)にもサイド・メクルフィ、カマレッディン・ケルバーン、アブダッラー・アナス(本名はブジェマ・ブンヌア、84年にアフガニスタンに渡って前述のアッザームの娘婿となった)などがいるが、GIA への影響は際立っている。92年11月に殺害されたタイエブ・エル・アフガーニー、94年3月に殺害されたジャッファール・エル・アフガーニー、94年9月に殺害されたシェリフ・グスミ、と初期の GIAリーダーはすべて「アフガン」帰りである。機関誌アル・アンサールをロンドンで発行する GIA の思想的指導者、アブ・メッサーブ(シリア人)やアブ・ハムザ・アル・ミスリ(エジプト人ムスタファ・カメル)も、ペシャワールを体験している。

 エジプトについても、81年のサダト大統領の暗殺者の兄弟、モハンメド・アル・イスラムブーリーは十数年来アフガニスタン暮らしを続けている。イスラム集団のリーダー、フアド・カッシムやアフメド・ターハ、それにビン・ラーデンとよく共同声明を出しているイスラム聖戦機構(ジハード団)のアイマン・ザワヒリも「アフガン」帰りである。カシミールの活動グループ、ハラカート・アル・アンサールも、アフガニスタンのコスト地方に軍事拠点を置いている(この軍事拠点がアメリカによる8月21日の爆撃の主目標だった)。

反欧米テロリストの養成

 だが、続行中の紛争の中に居場所を見つけられない「アフガン」帰りも多い。根なし草となった者はペシャワール、そして最後の「郊外イスラム地域」となったニュージャージーを徘徊している。93年2月に起きたニューヨークの世界貿易センタービル爆破事件の捜査で、奇妙なグループの存在が急速に浮かび上がった。主犯のエジプト人、オマル・アブドルラフマン師は、以前ペシャワールに居住していた(2人の息子はアフガニスタンで戦列に加わり、現在もタリバーン軍にいる)。サダト大統領暗殺に加わったことを認め、イスラム集団の創設者の一人としても知られる人物なのだが、90年5月にハルツームの在スーダン米国領事館でビザを取得し、ニュージャージーに到着するとグリーンカードも取得した。共犯者のユッスフ・ラムジ(クウェート育ちのパキスタン人)、モハンメド・サラメー、アフメド・アッジャジ(ともにパレスチナ人)もアフガニスタンの軍事拠点にいたことがあった。

 世界貿易センタービルの爆弾テロは単発の事件ではなかった。同じ93年に、パキスタン人ミル・アイマル・カンシがヴァージニア州ラングレーの CIA 本部に侵入し、職員に向けて銃を乱射するという事件を起こした。米連邦捜査局(FBI)は95年にラムジを、97年にカンシをパキスタンから「連れ戻した」が、当時のグルISI局長は激怒し、2人の「引き渡し」に関わった将校を軍法会議にかけることを主張した。97年11月11日、カンシの有罪宣告への報復として、カラチで4人の米系石油会社職員が殺害された。犯行声明を出したグループの中に、「アフガン」の軍事拠点で訓練されたカシミールのハラカート・アル・アンサールも含まれていた。また、97年9月のルクソールのテロの主犯とされるメハト・モハンマド・アブデル・ラフマンや、98年6月のエジプトへの引き渡しがビン・ラーデンの報復声明を招いた活動家、サイド・サイエド・サラマも「アフガン」帰りだった。

 他の事件に比べ、サウジで起きた2件の反米テロの真相は薮の中である。95年11月の国家警備隊兵舎へのテロの犯人、ハッサン・アブデル・ラブ・アル・サリヒ(35歳、サウジアラビア人)はパキスタンに居住していたが、アフガニスタンのヘクマチヤールの下にいたことがあるようだった。サウジが FBI に「尋問」させずにアル・サリヒを処刑したことは、アメリカにとって大きな痛手だった。96年6月のアル・コバールの米軍宿舎へのテロについても、背後関係が激しい論争の種になっている。アメリカのマスコミは1年前からイランの名を挙げ、イランとの接近に水を差されたくないサウジが犯人グループを黙らせているのだ、と非難している。だが、97年12月にテヘランで開催されたイスラム諸国会議の準備の過程で、サウジとの接近を図ったのはイランの方からだった。また、唯一の被疑者アル・サイーグ(イランの聖地コムへの巡礼歴があるシーア派サウジアラビア人)がアメリカに引き渡されて以来、奇妙にもイラン説は聞かれなくなってしまった。

 足早に描いてきた以上の見取り図から、パキスタンとアフガニスタンのはざまを本拠地とするスンニ過激派勢力が、主要な反欧米テロに関与していることがわかる。

 新勢力のスンニ過激派に目立つ特徴は、政治的には過激だがイデオロギーの面では保守的という落差であり、この点にホメイニ主義などの既存イスラム運動との違いがある。典型的な例がタリバーンだ。欧米のマスコミがタリバーンを破廉恥と見ようが、イスラム社会の一部世論にタリバーンへの共感があることは否定できない(4)。保守的で厳格、非常にスンニ的な新イスラム原理主義の眼中にあるのはシャーリアだけだ。社会的なメッセージは姿を消している(たとえばエジプトのイスラム集団は、97年秋にムバラク大統領が実施した反農業改革を承認した)。シャーリアこそすべて、シャーリアの他には何も要らないといった姿勢だが、スンニ過激派のシャーリア観は非常に限定されている。「イスラム国家」よりも「シャーリア首長国」が語られる。

 スンニ過激派勢力のシャーリア観の背景には、中心的な活動家が私設「マドラサ(神学校)」出身者で構成されていることもある。国による教育制度が整っていないパキスタンなど一部のイスラム諸国で、私設神学校は爆発的に増加している。サウジの資金や、シャーリアを持ち出すことで過激派の先回りをしようとする政府当局の人心懐柔策も寄与している。すでに何千人もの卒業生がちまたに溢れているが、身に付いたものは漠然としたシャーリアの知識だけという聖職者にとっては、社会をイスラム化することだけが自分の立身出世の道と思われているのだ。

 こうした状況からすれば、ビン・ラーデンは世界のイスラム過激派の「総帥」というより、活動家養成者と言える。個々の活動家はそれぞれの道に進むか、さもなければビン・ラーデン率いるアル・カイダに残って、派手で象徴的な作戦を遂行する。国際ネットワークのかなめは人間関係であり、パキスタンの古くからのイスラム政党も一役買っている。その代表的なものがイスラム・ウラマー団(タリバーンも属するデオバーンド派(5)の流れを組む伝統路線・保守路線の政党)と先に触れたイスラム党であり、各々から近年生まれた過激派集団として、シーア派との闘いを使命と考えるシパーヒ・サヘバン、87年に設立され、カシミールで活動するダワトウル・イルシャードがある。イスラム・ウラマー団のハク上院議員が経営するアコラ・カタク神学校(ペシャワール近郊)などの個人経営「マドラサ」は、何千人もの神学生をタリバーン支援のためにアフガニスタンに送り出している。

ジハードからジハードへと

 では、彼らの活動の何が「過激」なのだろうか。まず手段の暴力性である。また「十字軍」・「ユダヤ人」・シーア派に対する骨の髄からの敵意、この10年間にも(湾岸戦争や、ネタニヤフ・イスラエル首相へのアメリカの迎合に対する不満から)積もりに積もった敵意である。星条旗を焼くための根拠がシャーリアに代わったという違いはあるが、伝統的な「反帝国主義」が復活しているのだ。その号令が、98年初頭のビン・ラーデンとザワヒリによる「ユダヤ人および十字軍と闘う世界イスラム戦線」創設宣言だ。スンニ過激派はシーア派を異端と見なしている(6)。パキスタン国内の地域紛争激化や、タリバーンによるシーア派地域包囲を見るがよい。80年代にシーア派とスンニ派の断絶を超えて世界イスラム革命の旗手となろうとしたイランにとっては、歴然とした失敗である。イランはアメリカと並んでスンニ過激派の標的になっている(97~98年冬、タリバーンによって外交官を、パキスタンでは士官候補生と外交官を殺害された)。アフガニスタンとスーダンに対するアメリカの爆撃に対し、アラブ連盟と違って抗議しなかったイランは、今やタリバーンと一触即発の状態にある。

 アメリカとサウジにとっても失敗だった。保守的なイスラム原理主義と欧米の同盟というサウジ・モデルは失敗に終わった。アメリカにとって問題なのは、対イスラム圏政策の代替案がないことだ。親アメリカを信条としつつ、スンニ過激派勢力を支援する(98年春の時点でもタリバーンの所に行っていた)というサウジのトルキー王子の二重外交は限界に達した(7)。サウジが大金を費やしたスンニ過激派ネットワークは、心の底ではアラブの王国とペトロダラーを軽蔑しており、サウジアラビアが一応はイスラム国家だとしても、サウド王家がない方がさらにイスラム国家らしくなると考えているのだ。

 逆にパキスタン側では、スンニ過激派運動への支援が政府レベルで堅持され、地域戦略(カシミールのゲリラ活動、アフガニスタンのコントロール、中央アジアのイスラム煽動)の一環をなしている。98年8月20日の爆撃の際、グル元ISI局長はアメリカに対して非常に厳しい姿勢を示した。過去にナシル将軍がイスラム主義者への共鳴を理由として ISI局長を解任されたことがあるが、現在のレガリ大統領自身はイスラム主義者に共鳴している。98年9月には、シャリフ首相がパキスタン法をイスラム化する意向を発表した。パキスタンは時に反米テロの関与者(前述のラムジとカンシ、ナイロビのテロに関わったオデー)の引き渡しに応じつつ、手の中にはタリバーンというカードを握りしめているのだ。

 こうなってくると、パキスタンが核兵器まで持つ「やくざな国(rogue state)」になったのかどうか、アメリカは見極める必要がある。つまりアメリカは敵を取り違え、ちょうどイランが反欧米テロへの関与を止めた時期に、95年のダマート法によって対イラン制裁を始めてしまったのかもしれないのだ。対外政策に弱い政府と無知な議会を備えたアメリカは、艦長不在で慣性航法のまま方向を失い、間歇的にトマホークを放つ大型船のようなものになっている(8)。

 スンニ原理主義ネットワークは派手に活動し、対米闘争の先陣を切るかのような態度を取っているが、実際のところは(パキスタンとアフガニスタンは別として)イスラム諸国の現実の戦略とほとんど関わりがない。国際性と「脱領土性」こそが新たな特徴なのだ。活動家はジハードからジハードへと、主に中東の外(アフガニスタン、カシミール、ボスニア)を渡り歩き、国籍などは気に留めない。複数の国籍を持つ者もいれば(「パキスタン人として生まれたがパレスチナ人となることを選んだ」と言ったラムジ(9)や、ヨルダンでパレスチナ人として生まれてケニア女性と結婚したオデー)、無国籍の者もいる(ビン・ラーデンはサウジ国籍を剥奪された)。スンニ過激派は、自らをムスリム国際主義者と定義し、特定の国家の大義には加担しない。彼らの「センター」は、アフガニスタンとパキスタンのはざまの部族支配地帯、ノー・マンズ・ランドにある。

 そして、スンニ過激派は既存の国家(特にイラン)と関わりがないだけでなく、分派としての認知を拒む既存イスラム運動とも関わりがない(「アフガン」帰りのアナスの一派も含めて FIS は GIA の逸脱を非難する)。エジプトのムスリム同胞団、アルジェリアの FIS、トルコの福祉党、パレスチナのハマスといった既存イスラム運動の方は、闘争を国家の枠組みの中で考えており、紛れもない政治勢力として認知されることを目指している。つまり(イランの場合も含めて)「イスラム民族主義」と呼ぶことができ、ビン・ラーデンの仲間が夢見るウンマ(イスラム共同体)との間には大きな隔たりがある。彼らは真の政治構想を欠いたスンニ原理主義の赤軍派のような存在であり、その予備軍は、政治展望のない中で緊張が高まる中東の地域のはずれ、社会のはずれに控えているのだ(10)。

(1) パキスタンの軍部にとってのアフガニスタンとは、対インド戦略上の後方拠点であり、中央アジア方面への足場である。こうした政策からして、ムジャヒディンに対するパキスタンの支援は、イスラムの名目の下(また同じパシュトーン民族を通じて)、アフガニスタンが解放された暁の保護領化を正当化するためのものだった。偏向と弁明に満ちてはいるが興味深い証言として、ISI の将軍の手になる Mohammed Yousaf, The Bear Trap, Lahore, 1992.

(2) イランもアフガニスタンのシーア派の後ろ盾に若干のパスダラン[革命防衛隊員]を派遣したが、スンニ派の「アフガン」に相当するような存在ではなかった。80年代のイランの活動家は、アフガンではなくレバノンに戦いに行った。ソ連と面倒を起こしたくなかったという理由もある。

(3) オリヴィエ・ロワ「アフガニスタンの勢力争い – シャーリアとパイプライン」(ル・モンド・ディプロマティーク1996年11月号)。

(4) 親タリバーンのインターネット・サイト http://www.taliban.com が発行するダルブ・ウル・ムミン誌などを参照。

(5) イスラム教へのヒンズー教の影響に対抗するために19世紀に興ったインド亜大陸の流派。

(6) イスラム関連テロの陰には必ずイランがいると繰り返す最近の風潮には、スンニ過激派によるシーア派敵視がひそんでいる。パキスタンでは無名の反シーア本が山のように売られている(デオパーンド派の Maulana Nomani が著し、Sayyed Nadwi が序文を付け、イラン革命を非難する Khomeyni, Iranian Revolution and the Shia Faith など)。親タリバーンのダルブ・ウル・ムミン誌が公表したマスジデ・ナバヴィのモスクの Sheykh Hudaybi 師の Khotba(説教)も、キリスト教徒やユダヤ教徒を標的とした事件を受けて、シーア派を不信心・異端・偽善と非難している(1998年8月2日、http://www.taliban.com)。

(7) 激しい反欧米思潮がサウジの一部地域だけでなく、これまでは王室に従順だったワッハーブ派の宗教エリートの中にまで広がったため、王室は懐柔策をとる必要に迫られている。

(8) 米国議会の見方を集約するのがケン・ティマーマンなる「専門家」で、テロ事件の裏には必ずイランがいることを証明しようとする。ウォール・ストリート・ジャーナル紙1998年8月11日号の同氏の記事は、ケニヤとタンザニアの大使館に対するテロの責任はイランにある、と裏付けのないまま断言した。

(9) Washington Post, 5 June 1995.

(10) イスラム原理主義の行き詰まりについては、オリヴィエ・ロワ『政治的イスラムの挫折』(ル・スーユ社、パリ、1992年)参照。

(1998年10月号)

最初の小見出しから三段落目の「ヘクトメチヤール」を「ヘクマチヤール」に訂正(2002年11月15日)

All rights reserved, 1998, Le Monde diplomatique + Saito Kagumi

 北東アジアのパイプライン建設競争

北東アジアのパイプライン建設競争

ラファエル・カンディヨティ(Rafael Kandiyoti)

ロンドン大学インペリアル・カレッジ化学工学教授

訳・佐藤健彦

 2005年4月13日、日本政府は、東シナ海ガス田試掘権を民間企業に許可する姿勢を示した。付近には、同国が尖閣諸島、そして中国が釣魚台と呼び、領有権を主張する諸島がある。この争いから、成長著しい国々の、石油・天然ガス資源確保をめぐる競争を見て取ることができる。こうした現状を認識し、大規模なパイプライン計画を推進しているのがロシアである。[フランス語版編集部]

原文 http://www.monde-diplomatique.fr/2005/05/KANDIYOTI/12220

 ロシア経済は、原油と天然ガスの輸出に依存している。同国の潜在的資源の価値は、東アジアの大企業の旺盛な活動によって高まっている。しかし、そうした企業の勢いに比べ、中央シベリア東部は開発が進んでいないため、地域情勢は不安定に見える。この地域に近接する中国には、あふれるほどの労働力と、大きな資金力がある。そうした意味で有利でもあり、不利でもある立場に置かれたロシアは、対北東アジア戦略をどう進めていくつもりだろうか。

 過去10年間で、中国は、日本や韓国と同規模の原油輸入国となり、そのうち50%近くは中東産である。日本と韓国の場合、中東依存率は80~85%に近い。これらの原油の多くは、「潜在的な問題地帯」とされるホルムズ海峡とマラッカ海峡経由で輸送されている。中東でさまざまな問題が噴出していること、石油タンカーが海峡で攻撃を受けかねないことは、現実的な脅威である。世界第2の石油消費国となった中国は、代わりとなる原油調達先と輸送ルートを至急見つけださなければならない。この点は、日本や韓国でも同様である。

 天然ガスは、大気汚染を減少させる方法として、北東アジアの多くの大都市が使用を望んでいる。すでに日本、韓国、そして台湾の輸入量だけで、世界全体の液化天然ガス(LNG)貿易のほぼ80%に達している。中国の場合、LNGはコストの高さがネックとなっており、もっと経済的な手段を求めている。一方、中国にほど近いシベリアとサハリン島には大量の石油資源が埋蔵されている。中央シベリア東部高原地帯の、イルクーツク平原部の地下には、莫大な量の石油と天然ガスが埋蔵されているが、その全容はまだ明らかになっていない。将来試掘が進められれば、世界全体の埋蔵量は大幅に増えることになる。この地方の中心地で、イルクーツクに近接したアンガルスク付近の大型精製所でも、現時点では、西シベリアから原油を運び込んでいる状況だ。

 専門家は、これより北東にあるヤクーツクについても、まだ調査は終わっていないものの、大量の石油資源が埋蔵されていることを期待している。この土地で、石油・ガスを採掘して送り出すには、付近一帯の永久凍土を掘削しなければならない。これは技術的には実現可能であるが、コストが非常に高い。同様の地層に作られたアラスカ横断パイプラインには、80億ドルという巨額の費用がかかった(1975年当時)。西方クラスノヤルスク平原部の推定埋蔵量を加えれば、中央シベリア東部の天然資源は膨大な量になる。しかし、十分に調査し生産にこぎつけるまでに、どれだけの時間とコストがかかるかはまだ不明である。

 これに対して、サハリン島での開発ははるかに進んでいる。ここでは島内の資源の多くはすでに枯渇していて、沖合い、特に北東側の沖で、いくつもの石油・天然ガス計画が進められている(1)。これらの計画の一つであるサハリン・計画では、島を横断し、シベリア東端の石油輸出港デ・カストリへと至るパイプラインを建設しようとしている。原油はここで競売にかけられ、世界中から集まった買い手に競り落とされる(2)。同計画から得られる天然ガスの使い道として、南北朝鮮と日本に輸出することも考えられている。しかし、北朝鮮が政治的に孤立しているため、朝鮮半島の両国に関係するパイプライン建設は、近い将来では無理だと考えられる。

 サハリンII計画は、多国籍の企業連合によって行われ、シェル(55%)が主導している。複数の日本企業も参加している。1999年に第一段階が始まり、一日の平均生産量は7万バレルで、年間10億ドル以上をもたらしている。現在計画は第二段階に入っており、100億ドル以上の投資が必要とされている。これは現在ロシア連邦内で行われている、最大規模の外国投資である。ここで生産される原油と天然ガスは、サハリン南端までパイプラインを通して輸送される。島の南端にあるプリゴロドノエでは2つの港が建設中で、一つは原油、もう一つはLNG輸出用である。

 パイプラインが整備されている場合、トラックや鉄道は輸送方法としてほとんど使用されない。1993年の計算によると、4000キロにわたる距離を鉄道で輸送した場合、コストが原油1バレルあたり1.50~2.00ドル多くかかってしまうからである(3)。パイプラインがないため、ロシアは鉄道を使って西シベリアから中国へ輸出する石油量を増やし、2006年までに1500万トンに引き上げるとの意向を最近も確言したが、この方法ではコストが高くついてしまう。

大慶か、ナホトカか

 欧米のアナリストには、ロシアが中国に石油を安く売ることを本当には望んでいないと捉える者も多い。両大国は最近国境問題を解決したとはいえ、中国はロシアの政治的ライバルとして、また産業・経済面でも競争相手として、急速に台頭した。エネルギー資源を渇望する中国は、2003年、カザフスタンから鉄道経由で約100万トンの原油を輸入した。鉄道は輸送力が低い上に、割高のコストがエネルギー産業や化学産業などの下流部門にはね返ってしまう。

 この問題を非常に懸念した中国は、アンガルスクから大慶まで2400キロに及ぶパイプラインを建設するため、ユコス・グループと契約した。石油は西シベリアの油田から送られることになっていた。しかし、2004年、ロシア政府は、まさに工事が始められようとしていた時、ユコスを攻撃した。政府の目的は、一大政治勢力となりつつあった同社を叩くとともに、エリツィン時代にまるで強奪のようにして民営化された石油産業の利権を取り戻すことだった。この攻勢は、民間の巨大複合企業の目標を、政府の目標に一致させるというプーチン大統領の方針にも即していた。

 アンガルスク=大慶間のパイプライン計画は、他の重要な要因の出現によって、雲行きが怪しくなった。これよりもコストはかかるが、もっと長い距離(3800キロ)にわたって1日100万バレルを輸送できるパイプラインの建設計画が、日本によって執拗に提案されたのである。このルートは、中国領土を迂回して走り、ウラジオストック近くのナホトカを終点とする。また、日本は50億ドルの融資をも提案した(パイプラインの建設費用は80億~100億ドルと見積もられている)。ナホトカの港湾施設では、どの国のタンカーでもシベリア産石油の競売に参加できるようになる。この競売という手続きは、供給がタイトな時期には利ざやが大きい。

 現在、ロシアは石油販売の80%をヨーロッパ市場に依存している。ベラルーシ、ウクライナ両国とロシアとの関係を疎遠にした最近の出来事、そして北大西洋条約機構(NATO)の東方拡大は、ロシアの政策責任者に輸出先の多様化を進めさせるようになった。西シベリアの油田とバレンツ海沿岸の港を結ぶパイプライン計画への関心もその一つである。この北方ルートの方が、東シベリアの2つのパイプライン計画より短い。それだけでなく、バレンツ海のムルマンスク港からアメリカのテキサス州ヒューストン港の石油ターミナルへの距離は、ペルシャ湾からヒューストン港への距離のほぼ半分で済む。この計画は米ロ間のエネルギー協議にも適合している。この北方ルートは、ユコスの社長で、現在服役中のミハイル・ホドルコフスキーが率いる民間企業連合が、2000~2001年にかけて提案したものだった。

 ロシア政府は、2004年12月末、シベリアのタイシェトからスコヴォロジノを経て太平洋岸のペレヴォズナヤに至るパイプライン建設について「大筋の決定」を発表した。しかしながら、日本はまだ自分たちの勝利を噛みしめることはできなかった。日ロ間の交渉がゆっくりとしか進んでいない中、ロシア政府は今や、大慶に石油を供給するために、パイプライン本線から支線を引くことをほのめかし始めたのである。スコヴォロジノから中国国境までは、50キロと短い距離しかないため、日本側の交渉担当者は気を抜けない状況にある。

 さらに、原油をどこから調達するかという問題が残っている。中央シベリア東部の生産力が潜在的には膨大であるとしても、現時点では、ナホトカ・パイプライン本線と大慶支線の両方に十分供給できるだけの生産力があるとは思えない。タイシェト=ナホトカ本線を満たすためだけでも、西シベリアで年間3000万トンを採掘することが必要で、その分、ヨーロッパ向けの輸出量が減らされるだろう。

 ロシア政府は、現在の生産量では、日本と大慶支線に8000万トンを供給することはできないと認めている(4)。中央シベリア東部の油田を開発する必要があるのはこのためである。現時点では、日本と中国への原油供給が2000万~5000万トン不足すると考えられている。将来、油田開発とパイプライン建設の同時進行が肝要となることは明らかだ。

天然ガスの輸送ルート

 ナホトカ・パイプライン計画は、日ロ間に現在にいたるまで平和条約がないため複雑化している。ロシアは、第二次世界大戦末期にソ連軍が奪い取った千島列島の南部四島を今も手放さずにいる。以来、日本は時期によって強硬あるいは柔軟な姿勢を示しつつも、「北方領土問題」を片時も忘れたことはなかった(5)。東京ガスによるサハリン産ガスの購入は、柔軟さの一例である。これに続き、いくつもの日本企業がLNG購入に合意した。

 北東アジアは、北米やヨーロッパより天然ガスの使用率が低い。これは主に供給上の問題のためである。日本の本州では、安全基準が非常に厳しいため、また土地価格が高いため、全土にわたる天然ガスパイプライン網がない。それゆえ、日本が輸入しているLNGは、主に発電用に使われている。2003年5月、東京ガスはサハリンII計画の下で、年間約110万トンの天然ガス購入に合意した。続いて、いくつかの日本企業、そしてアメリカ企業が、サハリンII計画に由来する天然ガスの購入契約を締結した(6)。

 日本とは対照的に、韓国には国内使用向けに、非常に発達したパイプライン網がある。海底パイプラインを通してデ・カストリへ輸送されたサハリンII計画の天然ガスを、さらに沿岸沿いに、北朝鮮を縦断して韓国に運ぶことは技術的には可能である。しかし、実際には南北関係が難航中のため、韓国は、中国を起点とする海底パイプラインの建設を考えざるをえなくなっている。中国を横断するパイプラインを経由してシベリアから天然ガスを輸入した方が、現在輸入しているLNGより25%コストが低くなると考えられているからだ。

 中国のすべての大都市は、公害を減らすため、至急天然ガスを必要としている。コスト的に可能ならば、上海地方と、天津・北京付近の大都市圏がLNGの供給先になるはずだった。しかし、中国政府は、国内を東西に横断するパイプラインで上海まで輸送される天然ガスに、かなり低い値段を強要した。このため、いくつもの多国籍企業は、中国内のパイプラインへの投資を中止し、浙江省の再ガス化ターミナル建設計画を凍結した模様である。

 また、中国は、年間300億立方メートルの天然ガスをイルクーツク州コヴィクタのガス田から中国北東部へ運ぶパイプラインの建設を積極的に考えている。もう一つのルートは、モンゴル共和国の領土を通るもので、こちらの方が1500キロメートル短い。このルートは技術的に実現可能で、コストが安く済むのだが、1998年、ロシア、モンゴル、中国、韓国、日本の間で行われた交渉は失敗に終わった。ロシアは、ウランバートルの大気汚染を減らそうと躍起になっているモンゴルに天然ガスを売ろうとした。しかし、中国は、今でもモンゴルを自国の最北端の領土とみなす傾向があり、ロシアとの共謀の兆しがあれば何であれ疑念の目を向け、モンゴルに利益を与えまいとする。

 プーチン大統領は、2004年10月中旬に訪中したが、パイプライン問題について合意にこぎつけることはできなかった。中国はその後、原油・天然ガスの供給を増やすため、カザフスタンと交渉を重ねた。まだ完成には至っていないが、石油パイプラインの建設が着々と進んでおり、最西部のアティラウ=ケンキヤク区間はすでに稼動している。中央部分のケンキヤク=アタス区間は計画段階にあり、アタスと最東部のアラシャンコウ(阿拉山口)を結ぶ1240キロの区間についても、7億ドルで契約済みである。

 アラシャンコウからは鉄道を使って、新彊ウイグル自治区にある3つの精製所まで運ばれることになっている。カザフスタンからの石油パイプラインでは年間1000万トンが輸送される予定だが、その量はゆくゆく倍増される見込みである。この輸入は、中国の最西端に位置し、中国政府に反抗する可能性がある同自治区の経済発展のために、政治的に重要な意味を持つと考えられている。中国とカザフスタンは、天然ガスについても同様に、カザフスタン西部と新彊ウイグル自治区を結ぶパイプライン建設を検討している。両国は当然ながら、計画の実現にかかる巨額の費用を懸念しているものの、この計画は長期的な資源確保戦略の一環であると見てよいだろう。

(1) Strategic Geography, vol. XXI, 2003-2004.

(2) 開発可能な資源は、石油が23億バレル、天然ガスが4850億立方メートルと試算されている。

(3) J.L. Kennedy, Oil & Gas Pipeline Fundamentals, 2nd Ed., Pennwell, Tulsa, Oklahoma, 1993, p.2.

(4) Prime.Tass.com. 15 October 2004.

(5) Akira Miyamoto et al., in Natural Gas in Asia, Oxford University Press, 2002, pp.106-187.

(6) Cf. http://en.rian.ru/

(2005年5月号)

All rights reserved, 2005, Le Monde diplomatique + Sato Takehiko + Jayalath Yoshiko + Saito Kagumi

 ラテンアメリカは燃えているか

ラテンアメリカは燃えているか

モーリス・ルモワーヌ(Maurice Lemoine)

ル・モンド・ディプロマティーク編集部

訳・近藤功一

 2005年5月11日、ブラジルで開かれていた南米・アラブ連盟諸国の初の首脳会議が閉幕を迎えた。この会議では、南米大陸が独立独歩を貫くこと、これまで押し付けられてきたアメリカの単独行動主義を拒否することが表明された。南米各地で民衆運動が燃え上がり、左派政権が成立し、同盟相手の大統領が失脚し、アメリカの旗色は悪い。とはいえ、ラテンアメリカ諸国の間で足並みが揃っているとは言えない。[フランス語版編集部]

原文 http://www.monde-diplomatique.fr/2005/06/LEMOINE/12488


 こんな伝説がある。一時期、ボリビアのラパスに到着したジャーナリストは、みな決まって大統領府に面したムリージョ広場で向かい側にあるホテルを取り、「クーデターの見える」部屋を頼んだものだという。21世紀初頭、新たな伝説が生まれようとしている。大統領職にある人間は、万一に備え「ヘリコプターにすぐに乗り込める」オフィスを要求することになるだろう。2001年アルゼンチンのデ・ラ・ルーア、2003年ボリビアのサンチェスに続き、2005年4月20日にエクアドル大統領のグティエレスが、大統領府であるカロンデレト宮から脱出できたのも、こうした空中の命綱があったからだ。

 かつて救世主と迎えられた男の悲しい末路である。2000年1月、先住民を主体とする民衆蜂起に支えられ、マワ大統領を失脚させるも、束の間に終わったクーデターが起きた。その首謀者の一人がグティエレス大佐だった。この将校は、いささか拙速に「エクアドルのチャベス」にたとえられ、6カ月間にわたる投獄、軍からの除名にもかかわらず、貧しい先住民の強力な組織であるエクアドル先住民連合(CONAIE)の政治部門、パチャクティク運動と同盟を組み、2002年11月の大統領選に勝利した(1)。

 その後たった数カ月で、元大佐はパチャクティク運動出身の閣僚をはじめ、仲間をことごとく裏切った。国際通貨基金(IMF)の主張に与し、この地域で「ブッシュの最高の盟友」であると自認した。

 次々と不評な政策を打ち出し、卑劣な政治工作を重ねたグティエレスは、2004年12月8日、ついに度を越してしまった。この日、彼の「指揮下」にある議会与党は、最高裁判所をリストラし、31人の判事のうち27人をすげ替えた。2005年3月31日、これら新任の裁判官は、ブカラム元大統領とノボア元大統領に対する係属中の裁判を無効にした。ブカラムは汚職のかどで1997年2月に罷免され、ノボアは2000年から2003年の任期満了後に、対外債務の再交渉における不正と資金流用の疑惑をかけられていた。それぞれパナマとドミニカ共和国に亡命していた2人の元大統領の帰国が、民衆の反乱を引き起こすことになる。

 不満を募らせていた軍から見放されたグティエレスは、国会からも見捨てられた。100人の議員のうち60人が、道連れになるのを避けるために大統領の解任に賛成した。解任理由は「職務放棄」、つまりグティエレスが「憲法を遵守しなかった」というものだが、法的な見地からは疑わしいと見る者も多い。しかしながら、この盟友への強力な支持を最後まで表明してきたアメリカ政府は、「ヒューズが飛ぶ」のをおとなしく見ていた。「機構制度」と「政体の正統性」を維持することが、誰もの最優先命題となっていた。

 人口の43.9%にあたる2億2500万人の貧困層を抱え、あまりにも長いこと自由原理主義の下におかれていたラテンアメリカで、各国政府はいつ爆発するかもしれない火薬庫の上に座している。「番犬たち」は現状維持に躍起になって、「自分の境遇を受け入れろ。経済危機の間でさえ、金で幸福が買えるわけではない」と説いてみせるが(2)、民衆があきらめの境地から「社会的正義だって。そいつは毎日少しずつ近付いているさ。まるで水平線のようにね」とつぶやくだけの時代はもはや過ぎ去ったようにみえる。

 1960年代以来初めて、アルゼンチン、ブラジル、ウルグアイ、ベネズエラといった複数の国で左派政権が成立し、社会を見下して疎外してきた「市民なき共和国」の流れを変えようとしている。ただし、ワシントン・コンセンサスから大きく距離を置いた発展モデルを唱えているのは、キューバのカストロのほかベネズエラのチャベスだけだ。西半球の様々な場所で繰り広げられる抗議運動に直面したアメリカは、絶対的な同盟諸国との関係強化を試みる。メキシコ、中米、それにアンデス諸国である。アンデス諸国の中で、グティエレスのエクアドルは(サンチェスのボリビアと同じく)コロンビアと並ぶ重要な地位を占めていた。

民衆の怒り

 90年代以降のワシントンの攻勢は、北米自由貿易協定(NAFTA)(3)を皮切りとして、自由貿易協定という形をとってきた。その最たるものが、2005年1月に妥結すれば大陸中に超自由主義のウイルスを撒き散らすはずだった米州自由貿易圏(FTAA、スペイン語ではALCA)構想である。しかしこの構想は、社会運動「反ALCA大陸キャンペーン」による抵抗、南米共同市場(メルコスール)(4)による拒絶、ベネズエラによる抵抗にあい、立ち往生に至っている。

 こうした困難を回避するために、帝国は急いで中米諸国およびドミニカ共和国と中米自由貿易協定(CAFTA)を結び、エクアドル、コロンビア、ペルーと二国間協定を締結した(5)。すでに頓挫したFTAAのように、これらの自由貿易協定(FTA、スペイン語ではTLC)は狭義の経済分野に加え、国家運営、労働法制、知的財産権、環境、天然資源とエネルギー資源、衛生と教育をも包括したものだ。見せ掛けの交渉によってラテンアメリカ諸国が手にしたのは若干の条文変更でしかない。アメリカ政府は重要項目に関しては一切妥協せず、自国利益だけを考慮した。

 あからさまと言っていい新植民地化の動きを前にした民衆は怒りに燃えている。ちまたではこんなことが語られている。「やがては国が民営化されてしまうだろうよ。このまま行けば、ある朝目覚めてみると、国がコカ・コーラのものになってしまうことだってある」。中米では、激しい抗議運動が巻き起こっている。ペルーやエクアドルでは、FTAに関する国民投票の実施を政府に求める署名運動が展開中だ。ボリビアでは、社会組織の圧力によって、「total locura capitalista(資本主義のまったくの狂気)」ともじられたTLC(FTA)に関する政府交渉の進展が阻止された。

 しかしながら、最近起こったボリビアとエクアドルの大統領転覆によって開けた展望は、今のところ不確かで曖昧なものでしかない。2000年12月のアルゼンチンのように、「みんないなくなってしまえ」という叫び声がエクアドルの街頭を埋め尽くした。ラパスやブエノスアイレスのときと同じように、政党や政治指導者とは関係ないところで自然発生した階層縦断的な蜂起(独立系ラジオが大きな役割を果たした)は、CONAIEやパチャクティク運動をも蚊帳の外へ追いやった。両組織の指導者たちは(短期に終わったとはいえ)グティエレス政権入りした責任を問われたからだ。

 ボリビアで(無所属の)メサ副大統領がサンチェスに替わったように、エクアドルでも(医者で無所属の)パラシオ副大統領がグティエレスに取って代わった。つまりどちらも強い支持基盤を持っていない。

 アルゼンチンでも似たような状況下で、大統領に就任したペロン党のキルチネルが、中道左派寄りの政策運営を行うという望外の驚きをもたらした。政府がIMFに抵抗し、民間債務についてモラトリアム宣言をしたのである。この措置は、債権者が65.6%の債権放棄を受け入れた後、2005年3月に取り消された。キルチネルは3月10日、数百のデモ参加者によるガソリンスタンドの占拠に直ちに反応して、燃料価格を3%上げた石油会社のシェルとエッソに対するボイコットを呼び掛けた。しかし、極めて緊迫した社会情勢はほとんど改善されていない。

 エクアドルではパラシオ新大統領が、非常に不安定な状況にある国の舵を取っている。信念からか、それとも民衆の圧力を和らげるためか、コレア経済大臣は「貿易協定は遵守されなければならないが、隷属状態で交渉することがあってはならない」と語る(6)。ガンダラ内務大臣も次のような意向を発表している。FTA交渉を中断すること。鉱山と石油に関するすべての契約を見直すこと。プラン・コロンビア(7)とは距離を置くこと。アメリカに対して西部マンタの軍事基地を提供した1999年の協定の取り消しを検討すること。マンタ基地はコロンビアのゲリラを標的にし、500人のアメリカ兵が展開する米軍南方軍司令部の戦略的施設である(8)。しかしこの最後の点に関しては、ケニー米大使との昼食会の後、パラシオ大統領は後退を強いられた。エクアドルはボリビアと同じシナリオをたどることになるのだろうか。

守勢にまわるアメリカ

 ボリビアでは、民営化の影響に対する抗議から起こった第一次「水戦争」、そして同様の理由によって勃発し、死者80人、負傷者500人を出した「ガス戦争」によって、超自由主義者であるサンチェスは逃げ出した(9)。2004年7月18日、エボ・モラーレスが率いる最大野党、社会主義運動(MAS)に支持された後継大統領のメサが「ガスの国民投票」を実施すると、民衆の圧倒多数は石油資源の国有化に賛成を表明した。社会運動は以下の4つの点を求めて結束した。ベネズエラのボリーバル革命の基本法制定にならった制憲議会の招集。FTAAおよび(または)FTAの拒否。多国籍企業アグアス・デル・イジマニ(フランスのスエズ・リヨネーズ・デ・ゾーの系列)の排斥。多国籍企業連合による開発に50%の税金を課す(国民投票で承認済み)などの措置を定める石油資源法の制定。

 しかしながら、社会からの突き上げとIMFや世銀、多国籍企業からの締め付けとの板挟みとなったメサは、10カ月に及ぶ論争を通じて、そんな法律は国際社会が承服するはずもなく(10)、施行「不可能」だと主張した。2005年5月17日、メサはしぶしぶ国会議長に法案の可決を許した。その瞬間にも、民衆運動の最急進派は国有化要求を続けていた。一言でいえば、メサにはもう国を統治する力がなくなっていた(11)。

 市民の不服従が広がったことにより反対勢力はある種の拒否権を手にしたが、基盤が強化されたわけではない。いわゆる伝統政党はイデオロギーと民衆基盤を欠いており、社会的事件で脇役しか果たさなくなっている。フェリペ・キスペ(パチャクティ先住民運動、MIP)やエボ・モラーレス(MAS)といった急進派の指導者は、当初メサと手を組んだことに個人的責任があるとされ、最近結ばれた「ボリビア国民の尊厳と主権のための協約」を裏切れば「共同体裁判」にかけると脅されている。

 どうしようもないフジモリ政権がめちゃくちゃなトレド政権に代わったペルーでも、近いうちに同じような状況が起こりうる。道路の封鎖、公共施設の占拠、失敗に終わった2005年1月1日の国粋主義者の退役軍人グループ(エトゥノカセリスタ)による武装蜂起、治安部隊と国軍の衝突、といった事件が相次いでいる。汚職と社会破綻を前にして、際限のない論争が続いている。2006年の任期満了までトレドを政権にとどめておくべきか、それともそれ以前に「失脚」させるべきか。しかしここでも政党とその指導者たちへの拒否反応はあまりにも大きく、交替要員となりうる政治家は出てきていない。

 ニカラグアも同様だ。2000年4月と5月に燃料価格の高騰に対する激しいデモに揺れ、80人以上の市長(152市のうち)がボラーニョス大統領に問題の解決、さもなくば辞任を迫った。万一のときに野党サンディニスタ民族解放戦線(FSLN)に統治できる力があるかは明らかではない。FSLNは(民主主義がないという国内事情から)大きな危機に瀕しており、かつての活動家や支持者が多数離反しているからだ。

 これら諸国の状況は、代替構想の名に値するものが出てきていないだけに、不確かで混迷化の危険をはらんでいる。とはいえアメリカ政府が「手兵」をひとつ、またひとつと失って、守勢にまわっているのは確かだ。米軍南方軍司令部のクラドック将軍によれば、「ボリビア、エクアドル、ペルーでは、体制への不信感、信頼の欠如をバネにして、反米、反グローバリゼーション、反自由市場の扇動家が現れている(12)」。さらに悪いことに、ブラジル=アルゼンチン=ウルグアイ=ベネズエラ枢軸(背後にはキューバの影)が、事態の収拾を図ろうとする米国務省のあらゆる方策を頓挫させてしまう。

 2004年7月、フロリダ州フォート・ローダーデールで開催された米州機構(OAS)総会で、アメリカが米州人権憲章を修正して、「民主主義から徐々に離れつつある」国々を孤立させ、さらには介入できるようにしたい(目的はベネズエラだ)と提案した際も、慇懃な微笑みを返されただけだった。2004年11月16日から18日にエクアドルのキトで開催された国防相会合で、ベネズエラ、ブラジル、ボリビアは不介入を唱え、コロンビアと中米諸国によって支持されたラムズフェルド米国防長官の主張を拒絶した。これは、「予防安全保障」という新しい構想を実行に移し、ラテンアメリカ多国籍軍を創設するというもので、米国防総省の指揮下におかれることは言うまでもない。

ベネズエラという大きな骨

 最も忠実な手下であるウリベが率いるコロンビアでさえ、アメリカの政策は哀れな足踏み状態にある。コロンビア政府に対して過去6年間で33億ドルに上る軍事援助を与え、戦闘ヘリのブラックフォークやヒューイを65機以上も供与し、新設の精鋭部隊を3個大隊も養成しているにもかかわらず、コロンビア軍は内紛に陥っている。

 左翼ゲリラのコロンビア革命軍(FARC)に対するこれまでで最も野心的な攻勢として、南部に1万7000人の兵士を展開したプラン・パトリオットでも、山岳地帯とジャングルで奇襲作戦を繰り広げる遊撃ゲリラを追い詰めることができず、重装備の大隊が敗北を喫した。2005年4月27日にボゴタを訪れたライス米国務長官が、きたる9月でプラン・コロンビアを終了する(アメリカの支援は続ける)ことを公式に発表した瞬間も、政府軍は南西部で手痛い打撃を受け、国軍内部は激しい危機に見舞われていた。要職にある4人の将軍が罷免されたことからしても(13)、米国防総省が押し付けてくる軍事ドクトリンの変更や実戦での敗北によって、プライドをがたがたにされた国軍内部の深い亀裂は明らかだ。

 アメリカ政府の喉にはもうひとつ大きな骨が引っかかっている。「ベネズエラはラテンアメリカの不安定化を煽っている」とライス長官は2月に警告した。近隣諸国によるベネズエラ大統領の「ルーラ化」(14)をねらって強力な外交圧力をかけたが、失敗に終わっている。それに、この大統領は他人に操られるような人間ではない。4月26日、ライス長官は南米の4カ国(チリ、ブラジル、コロンビア、エルサルバドル)訪問を開始したが、ブラジルではベネズエラのボリーバル革命に対する批判的な声明を少しも引き出すことができず、チリでも丁重に断られてしまった。

 チャベスの型破りの政策が近隣諸国を熱狂させているというわけではない。チャベスはメルコスールの統合モデルを「資本の強制と商業主義の論理に服従すること」であると見なしている。「現実主義」に転向し、IMFから称讃されているブラジルと同じ見方には立っていない。彼は社会政策の側面が強い米州ボリーバル代替構想(ALBA)(15)の実施をことあるごとに唱えており、3月4日に以下の声明を出すまでに至っている。「我々は21世紀において新たな社会主義を発明しなければならない。資本主義は持続可能な発展モデルではない」

 とはいえ、2004年12月8日に発足した南米諸国共同体(CSN)(16)の強化を図っていくこと、単独行動主義を拒否し、国家間の平等を基礎とした国際秩序を作り上げること、といった点に関しては両国の目標は共通している。これらの目標の仕上げを飾るのが経済協定(エネルギー関連、産業関連)だ。一例をあげれば、ベネズエラは石油産業の需要として、毎年アメリカから50億ドル分のモノとサービスを輸入している。チャベスは、今後これらの輸入の25%をアルゼンチンとブラジルから行いたいと考えている。それに、この2カ国の大統領は、持論がどうあれ自国の民衆に配慮しなければならない。アルゼンチンのピケテーロス(失業労働者)やブラジルの土地なし農民が、自分たちの代弁者は自国の大統領よりチャベスであると感じているのは有名な話だ。

OAS事務総長選の舞台裏

 しかしながら、アメリカ政府にとって最悪の事態はその後に起こる。2004年10月以降、OASではロドリゲス事務総長が在任なんと17日間で辞任したせいでトップが不在となった。この前コスタリカ大統領は、フランス企業のアルカテルから賄賂(240万ドル)を受け取った疑惑が退任後に持ち上がり、国内で裁判にかけられたのだ。そこで3人の候補者が立候補した。まずメキシコのデルベス外務大臣。元世銀顧問で保守派に属する。次にチリのインスルサ内務大臣。かつてアジェンデの顧問を務め、1994年に外務大臣に任命されてから閣僚を歴任した。最後にホワイトハウスが支持する候補者、前エルサルバドル大統領のフローレスだ。彼は現職時に、象徴的な規模の部隊をイラクに派遣した(現在も駐留している)。

 アメリカ大陸と(キューバを除く)カリブ諸国の34カ国からなるOASの60年の歴史で、ホワイトハウスの支持を受けていない候補者が勝ったことはない。だが、フローレスは強い圧力にもかかわらず完全に孤立しており、アメリカ政府は屈辱を避けるために、4月11日の第一回投票を待たずに立候補を取り下げるよう要請した。

 アメリカが一義的に、ばりばりの市場経済と手を切ることもなく、2004年にはFTAも締結しているチリとの間に、NAFTA加盟国であるメキシコと比べて多くの相違を見出していたわけではない。しかし何かの際に直談判に及ぶような場合、チリ政府の方がメキシコ政府よりも駆け引きの余地を持っている。アメリカ政府は南の隣国メキシコに対してなら、400万人(あるいはそれ以上)の非正規滞在者に関し、取り締まりか合法化かを選択することで圧力をかけることができる。これらの人々のメキシコへの送金は2003年現在で380億ドルに上っており、観光収入をしのぎ、輸出額の半分に相当する。

 一方、チャベスはチリのインスルサを熱烈に支持した。彼にも理由がある。「南米」の連帯に加えて以下のことが挙げられる。メキシコのフォックス大統領がブッシュとの友好関係を維持していること。2006年大統領選の革命民主党(PRD)の候補者であるメキシコシティの左派市長ロペス・オブラドールに対して、メキシコ政府が転覆工作を仕掛けたこと(17)。メキシコが国連人権委員会でキューバ非難決議案に賛成票を投じたこと(18)。フローレスを支持した諸国は、米国務省の意向を受けて、メキシコのデルベスへの票集めに動いた。

 5回にわたる投票にもかかわらず、インスルサとデルベスはそれぞれ17票の同数のままだった(選出されるには18票必要)。ブラジル、アルゼンチン、ウルグアイ、パラグアイ、エクアドル、ベネズエラ、ドミニカ共和国に加え、カリブの10カ国がチリの候補者に投票した。アメリカ政府はあらゆる手段を尽くしたが、次の票決が予定されていた5月2日の直前にはインスルサ有利に傾きかけていた。決着は4月29日に付くことになる。この日、ライス長官と複数諸国(エルサルバドル、パラグアイ、コロンビア、チリ、カナダ)の外務大臣、デルベス、インスルサ両候補の間で会談が持たれた。驚いたことに、この会談の後、メキシコのデルベスは立候補を取り下げると発表したのである。

 「コンドリーザ・ライスは、デルベス支持を続けるのが失策になることを理解したのだ」とワシントンに本部がある組織、インターアメリカン・ダイアローグの所長ピーター・ヘイキムは分析する。「1票か2票の差で勝っても、アメリカのせいで大陸が分断したと思われてしまう。それよりも可能性が高かった負けの場合は、アメリカにとって大きな敗北となっただろう(19)」。このような状況の中で、アメリカ政府は面子を保つために、「総意を受けた候補者」インスルサに道を譲ることを受け入れたのだ。彼は最終的に5月2日、31票を集め当選した(2票の棄権と1票の白票)。

 直前まで策略を尽くしたアメリカ政府が、票決の大きな敗北者であるのは明らかなようにみえる。しかしながら、チリ内務大臣の勝利を進歩主義者のOASトップ就任と見ることは誤りだろう。舞台裏を最後まで間近で見守ったある外交官によると、「様々な状況証拠が示しているように、アメリカは道を譲る前に、インスルサからもチリ政府からも、OASのベネズエラやキューバに対する政策その他に関して約束を取り付けた」

 そういうわけで、アメリカの「裏庭」はかつてないほど政治的に分裂している。たとえ、新しい事務総長が何かの拍子にワシントンの望む方針に従おうという気になったとしても、彼がOASを思い通りに動かせる保証はどこにもない。

(1) ローラン・トラニエ「エクアドル先住民勢力はいま」(ル・モンド・ディプロマティーク2005年4月号)参照。

(2) Cromos, Bogota, 20 December 1999.

(3) NAFTAは1994年に創設、メキシコ、アメリカ、カナダにより構成。

(4) メルコスールの1994年時点での創設メンバー国はアルゼンチン、ブラジル、パラグアイ、ウルグアイ。また1996年にボリビアとチリ、2003年にペルー、2004年にコロンビア、エクアドル、ベネズエラが準加盟国となっている。

(5) チリ議会は他国に先駆けて2003年10月にFTAを承認、翌1月に協定発効を見た。エルサルバドル、ホンジュラス、グアテマラはCAFTAを批准している(が、アメリカ議会は未承認)。

(6) Sally Burch, << Ecuador, cambio de rumbo ? >>(エクアドル、方向転換か), Alai, Quito, 22 April 2005.

(7) 麻薬対策などをうたったコロンビア政府の社会経済計画。アメリカが強力に支援しており、左翼ゲリラ対策の色合いも強い。[訳註]

(8) エルナンド・カルボ・オスピーナ「プラン・コロンビアの国境地帯で」(ル・モンド・ディプロマティーク2005年2月号)参照。

(9) イグナシオ・ラモネ「ボリビア」(ル・モンド・ディプロマティーク2003年11月号)参照。

(10) アルゼンチンは、世界銀行の投資紛争解決国際センター(ICSID)で34件の係争を抱えている(Raul Zibechi, La Jornada, Mexico, 1 April 2005)。

(11) メサ大統領は2005年6月6日に辞任を表明、ロドリゲス最高裁長官が暫定大統領となった。[訳註]

(12) 2005年3月9日、アメリカ議会での発言。

(13) 陸軍副司令官・統合参謀本部長ロベルト・ピサロ将軍、陸軍作戦部長ファビオ・ガルシア、陸軍人事部長エルナン・カダビド、陸軍監察官ハイロ・ピネーダの4人である。

(14) ブラジルの「ルーラ」ことルイス・イナシオ・ダ・シルヴァ大統領の穏健政策を示唆している。

(15) ALBA実施に向け、キューバ=ベネズエラ間の第一回会合が2005年4月18日ハバナで開かれ、両国の経済協力が深まった。

(16) CSNは、メルコスール諸国、アンデス共同体諸国(ボリビア、コロンビア、ペルー、エクアドル、ベネズエラ)、スリナム、ガイアナからなる。

(17) 野党PRDの同市長は、病院に通ずる道路の用地として収用した土地に関し、裁判所が出した工事中止命令に従わなかったとして起訴され、2005年4月に下院により不逮捕特権を剥奪された。しかし100万人規模の抗議デモを前にしたフォックス大統領は、検事総長をクビにするという措置をとらざるを得なかった。[訳註]

(18) 国連人権委員会の委員国を務めるラテンアメリカ諸国は、アメリカが提出したキューバ非難決議案に賛同した。メキシコ、コスタリカ、グアテマラ、ホンジュラスは賛成票を投じ、アルゼンチン、ブラジル、ドミニカ共和国、エクアドル、パラグアイ、ペルーは棄権した。

(19) BBC Mundo(ロンドン)、2005年5月2日放映分。

(2005年6月号)

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