今日のつぶやき

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思いっきりヘタレ、、、の巻

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原発事故は「天災」ではない、、、の巻

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卑怯者の戦争

思想信条や宗教や金儲けのために大勢の人たちが世界中で犠牲になっています。
その多くは、思想信条や宗教や金儲けのために人の命と健康を奪うことを良しとする頭のおかしな指導者によるものです。
この人たちは頭はおかしいですが、馬鹿ではありません。そして、私たちよりもずっとグローバルに物事を捉える能力を有していますから、人を蹂躙するのに国境の内外は関係ありません。
この頭のおかしな人たちは、言葉をねじ曲げ、「自由」や「正義」や「民主主義」を守ると称して、平気で人を蹂躙する人たちです。安全だから、大した害はないからと、他人の口にカレー味のうんこをねじ込んで、自分たちは美味しいご飯をいただく人たちです。
こういう頭のおかしな人たちが国家の中枢にいると、自分の国だけでなく他の国に対してももっと酷いことをします。貧困を作り出し、差別や憎しみの心を煽り、「悪」の商標を大量生産することで、相対する自分があたかも「正義」を行使しているかのように見せかけます。良い「暴力」と悪い「暴力」があり、消極的な「平和」と積極的な「平和」があると嘯き、自分の「暴力」を肯定します。
誰であろうと権力を担うものに対して油断してはならない、権力に人々の権利を侵害させてはならない、だから、憲法が生まれたのです。
戦争をしたくない、戦争しないのであれば、戦争できないシステム作りをするのがまっとうな考え方である。逆を言えば、戦争できるシステム作りをする人は、戦争したい人たちなのです。自分の「暴力」は肯定し、思想信条や宗教や金儲けのために誰かを蹂躙することを良しとする人たちなのです。しかも、かつてのように国家間の戦争ではなく、国境を越えて、必ず勝てるより弱い人たちを蹂躙する卑怯者の戦争をこれからさらに進めるつもりなのです。

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ケンリョクのてぺん

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σ(“ε”;) ボクちゃん,ケンリョクのてぺんで戦争したいだけだもん.会社がつぶれるとか,びんぼう人だらけだとか,じさつする人がたくさんいるとか,キョーミないもん.ホントはへのこのクソぎょ民なんかみんなうちころしてしまえばいいんだ.うちころしてるところをそーぞーするだけで,ちんちん大きくなるんだけど,もう少しで逝くところだったのに,それだけはやめてくれって,みんなが止めるから,仕方なくあきえにしてもらったんだよ.

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毎度お騒がせしておりますwww

アッキーはどうしようもない馬鹿女だな。

 

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あんな黒いの

『もちろん「くろんぼ」という意味ですが、お前らがうるさいので前言撤回します。』

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知の巨人・内田樹氏 至極真っ当な提言! 安倍独裁制 本当の正体

知の巨人・内田樹氏 至極真っ当な提言! 安倍独裁制 本当の正体

記者会見で今後の政権運営などについて述べる安倍晋三首相=首相官邸で2017年11月1日午後9時10分、山崎一輝撮影

▼私たちを支配する特異な「民主主義」

▼日本社会全体が「株式会社化」している

 総選挙が終わって約3週間が過ぎた。当初は「安倍政権への信任投票」などと喧伝(けんでん)されたが、いつの間にか希望の党と立憲民主党ばかりが俎上(そじょう)に載せられる戦いになっていた。この総選挙は一体、何だったのか? 現代の知の巨人・内田樹氏(67)が論じる。

 総選挙の総括として本誌からかなり多めの紙数を頂いたので、この機会に言いたいことを歯に衣(きぬ)着せず全部書いてみたい。読んで怒り出す人もいると思うけれど、ご海容願いたい。

 総選挙結果を見て、まず感じたのは小選挙区制という制度の不備である。比例区得票率は自民党が33・3%。議席獲得数は284で、465議席中の61・1%だった。立憲民主・共産・社民の三野党の比例得票率は29・2%だが、獲得議席は69で14・8%にとどまった。得票率と獲得議席配分の間には明らかな不均衡が存在する。

 初期入力のわずかな違いが大きな出力の差を産み出すシステムのことを「複雑系」と呼ぶ。代表的なのは大気の運動である(「北京での一羽の蝶(ちょう)のはばたきがカリフォルニアで嵐を起こす」)。株式市場における投資家の行動も、小選挙区制度もその意味では複雑系のできごとである。現に、カナダでは1993年に行われた下院総選挙で、与党カナダ進歩保守党が改選前の169議席から2議席に転落という歴史的惨敗を喫したことがあった。

 政権交代可能な選挙制度をめざす以上、「風」のわずかな変化が議席数の巨大な差に帰結するような複雑系モデルを採用したというのは論理的には筋が通っている。私たちは「そういう制度」を採用したつもりだった。株価が乱高下するように議席数が乱高下する政治制度の方が好ましいと多くの日本人は思ったのである。だが、導入して20年経(た)ってわかったのは、小選挙区制は複雑系ではなかったということである。今の日本の小選挙区制は、わずかな変化は議席獲得数には反映せず、政権与党がつねに圧勝する仕組みだったからである。なぜ、複雑系として設計されたはずのこのシステムが決定論的なシステムとして機能するようになったのか?

 それは低投票率のせいである。有権者の選挙に対する関心が希薄で、投票率が低ければ低いほど、巨大な集票組織を持ち、既得権益の受益者たちから支持される政権与党の獲得議席は増える。そういう仕組みだということはこれまでもメディアでしばしば指摘されてきた。だが、その先のことはあまり言う人がいない。それは、そうであるとすれば、今の選挙制度下では政権与党の主たる関心はいかに無党派有権者に投票させないかにあるということである。論理的に考えれば、それが正解なのである。かつて「無党派層は寝ていて欲しい」と漏らした首相がいた。正直過ぎる発言だったが、言っていることは理にかなっている。それゆえ政権与党は久しくどうやって投票率を下げるかにさまざまな工夫を凝らしてきた。そして、彼らが発見した最も有効な方法は「議会制民主主義はもう機能していない」と有権者に信じさせることだった。

安倍政権による「印象操作」

 今回も「積極的棄権」を呼びかけた知識人がいた。彼は「議会制民主主義はもう機能していない」という痛苦な現実を広く有権者に知らしめようという教化的善意からそうしたらしいが、「議会制民主主義はもう機能していない」と有権者が信じることからも最も大きな利益を得るのが政権与党だという事実を見落としていたとしたら短見と言う他ない。

 事実、「立法府は機能していない」という印象操作に安倍内閣ほど熱心に取り組み、かつ成功した政権は過去にない。質問に答えず、はぐらかし、詭弁(きべん)を弄し、ヤジを飛ばし、法案内容を理解していないので野党議員の質問に答えることのできない大臣を答弁に立たせ、審議時間が足りたと思うと殴り合いと怒号の中で強行採決をした。臨時国会の召集要請に応えず、野党の質問を受けるのが嫌さに国会を解散し、選挙後の特別国会では所信表明も代表質問もなしにいきなり閉会しようとした。これらの一連の行動は与党の驕(おご)りや気の緩みによってなされたわけではない。そうではなくて、「国会は実質的にはほとんど機能していないので、あってもなくてもどうでもよい無用の機関だ(現に国会閉会中も行政機関は平常通り機能していたし、国民生活にも支障は出なかったではないか)」という印象を国民の間に浸透させるために計画的に行われているのである。

 同じ配慮はこれまでも議員の選考においても示されてきた。固有の支援組織を持ち、それなりの政治的見識を持っているので党執行部に抗(あらが)うことができるような気骨のある政治家は遠ざけられ、代わりに執行部の「面接」を受けて、その眼鏡にかなったサラリーマン議員たちが大量に採用された。彼らは執行部に選挙区を割り振られ、資金も組織も丸抱えの党営選挙で議員になった。だから、執行部に命じられるまま立ったり、座ったり、野党の質問にヤジを飛ばしたりする「ロボット」であることに特に不満を抱いていない。同じことは他の野党にも見られる。維新の会も都民ファーストも、当選した議員たちはメディアのインタビューに個別に答えることを禁じられていたが、多くの議員はそれに不満を抱いているようには見えなかった。「議員は個人の政治的意見を持つ必要はない。いかなる政策が正しいかを決定するのは上の仕事である」という採用条件を知った上で就職した政党「従業員」としては、それが当然だと彼らが信じていたからである。

 立法府の威信は、このような粘り強い掘り崩しによって著しく低下した。立法府が「国権の最高機関」としての威信を失えば、行政府の力が強まる。今、子どもたちに「国権の最高機関は?」と訊(たず)ねたら、ほとんどの子どもは「内閣」と答えるだろう。現に、安倍首相は昨年の衆院予算委員会で野党委員の質問に対して「議会についてはですね、私は立法府、立法府の長であります」と発言した。のちにこれは「行政府の長」の言い間違いであるとして、議事録から削除されたが、フロイトを引くまでもなく、こういう「言い間違い」のうちに人の隠された本心が露呈する。首相は単独過半数を擁する政党の総裁であるわけだから、通したい法案は通せる。だから彼が「自分は行政府の長であり、かつ立法府の長でもある」と内心では思っていたとしても不思議はない。しかし、それでもこの「言い間違い」が含意している政治的な意味について、日本のメディアはあまりに無頓着だったように思う。

安倍首相を「独裁」とする理由

 今さら定義を確認するまでもないが、立法府は「法律の制定者」であり、行政府は「法律の執行者」である。この二つが別の機関であるような政体を「共和制」と呼び、法律の制定者と執行者が同一である政体のことを「独裁制」と呼ぶ。安倍首相は「私は立法府の長である」と口走った時に「日本は独裁制である」と言い間違えたのである。普通なら政治生命が終わりかねないほどの失言であり、後からこっそり議事録を書き換えて済む話ではない。

 けれども、メディアも有権者もそれを咎(とが)めなかった。それは首相自身と同じように人々もまた「立法府は行政府の長が実質的には支配している」と実感していたし、「それで何が悪いのか?」と思う人さえたくさん存在していたからである。

 自民党改憲草案の「目玉」は緊急事態条項であるが、これは平たく言えば、民主的手続きによって独裁制を成立させる手順を明記したものである。

 草案によれば、内閣総理大臣は「外部からの武力攻撃、内乱等による社会秩序の混乱、地震等による大規模な自然災害」に際して緊急事態の宣言を発することができる。緊急事態が宣言されると、憲法は事実上停止され、内閣の定める政令が法律に代わる。衆院選挙は行われないので議員たちは宣言下では「終身議員」となる。つまり、発令時点で与党が過半数を占めていれば、国会が承認を繰り返す限り、宣言は半永久的に延長できるのである。そのような宣言の無制限の延長は不当だという国民の声は議会外でのデモやストで表示するしかないが、そのような行為そのものが「社会秩序の混乱」として緊急事態宣言の正当性を根拠づけることになる。

 そういう出口のないループに日本国民を閉じ込めるために緊急事態条項は整備されているのである。だが、このように「独裁制への移行」が着々と準備されていることに対して、国民の反応はきわめて鈍い。それどころか先に述べたように「独裁制で何が悪いのか?」と不思議がる人がもう少なくない。今回の選挙でも、若い有権者たちが自民党に好感を持つ傾向があることが指摘された。それは自民党が作ろうとしている独裁制社会が彼らにとって特に違和感のないものだからである。

 若い人たちは「株式会社のような制度」しか経験したことがない。トップが方針を決めて、下はそれに従う。経営方針の当否はマーケットが判定するので、従業員は経営方針について意見を求められることもなく、意見を持つ必要もない。それが、彼らが子どもの時から経験してきたすべての組織の実相である。家庭も、学校も、部活も、バイトも、就職先も、全部「そういう組織」だったのだから、彼らがそれを「自然」で「合理的」なシステムだと信じたとしても誰も責めることはできない。

 構成員が民主的な討議と対話を通じて合意形成し、リーダーは仲間の中から互選され、その言動についてつねにきびしい批判にさらされている「民主的組織」などというものを今時の若い人は生まれてから一度も見たことがないのである。見たことがないのだから、彼らが「そんな空想を信じるなんて、あんたの頭はどこまで『お花畑』なんだ」と冷笑するのは当然なのである。

 以上が総選挙結果を見て感じたことである。政権与党の目標は、さしあたり国会は立憲デモクラシーのアリバイ作りのための空疎なセレモニーの場であり、議員たちは「選良」というにはほど遠い人物ばかりであるという印象を国民に刷り込むことである。これは日々成功し続けている。そうして立法府の威信は崩壊し、行政府への権限集中に対する国民的期待が高まる。そういう文脈の中で見ると、安倍政権のすべての行動が周到に準備されたものであることがよくわかるはずである。

国会の威信回復のために改革を

 さっぱり希望のない総括だが、原因がわかれば対処のしようもわかる。立憲デモクラシーを守るために私たちがまずなすべきことは立法府を良識の府として再興することである。国民の代表者がその知性と熱誠を賭して国事を議す場としての威信を回復することである。そのためには国会の威信をいたずらに貶(おとし)めている制度の見直しが必要である。

 第一に、政党の得票数と議席数が相関するような仕組みに選挙制度を改めること。第二に、首相が任意の時に「国民を代表する選挙された議員」を失職させることができるという憲法違反の7条解散を廃し、解散条件を憲法69条に定める通り、衆院で不信任決議案が可決されるかまたは信任決議案が否決された場合に限定すること。この二つは立法府再興のために必須である。

 以下は努力目標。一、「国会は機能していない」というのは事実認知的言明であるが、それと同時に「だから選挙なんかしても無駄だ」という遂行的なメッセージをも発信することだということを周知させること。二、「すべての社会制度は株式会社のように組織化されるべきだ」というのは理論的には無根拠で、実践的には破綻しかけている一つのイデオロギーに過ぎないことを明らかにすること。「株式会社モデル」は営利目的の組織には適用できても、存続することそれ自体が目標であるような集団(親族や部族や国家)には適用できない。三、人々が対話を通じて意見をすり合わせ、合意形成し、採択した政策については全員が責任を持ってそれを履行するという社会契約は戦後日本社会にはついに根づかなかったという痛ましい歴史的事実を見つめること。そして、立憲デモクラシーという社会契約を日本社会に根づかせる事業は未了であるどころかある意味でまだ始まってさえいないと認めること。立憲デモクラシーの再興(というより起動)にはそれだけの手間と時間をかけるしかないのである。私が今言えるのはこれくらいである。

(内田樹)


うちだ・たつる

 1950年、東京都生まれ。思想家。武道と哲学研究のための学塾「凱風館」(神戸市)を主宰。東京大文学部卒。神戸女学院大名誉教授。専門はフランス現代思想だが、論じるテーマは社会、政治、歴史、教育、宗教など幅広い。著書は『街場のメディア論』(光文社)、『街場の共同体論』(潮新書)など多数

(サンデー毎日11月26日号から)

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“金になる”難民支援ビジネス

“金になる”難民支援ビジネス

ニコラ・アウトマン (Nicolas Autheman)

ジャーナリスト、ドキュメンタリー映画作家

訳:村松恭平

 


 人道的危機がすべての人にとって悲惨なものだとは限らない。難民キャンプが開設されるやいなや、会計コンサルタントやキャッシュカードの業者、あるいは家具の巨大企業が「援助産業」から利益を得ようとそこに殺到する。その年間取引額は250億ドルを超えている。[フランス語版編集部]

 

あらゆる国際展示会で見られる光景のように、各ブースにはカラフルなポスターや客の興味を引く写真が所狭しと貼られ、気取った感じのコンパニオンがそこかしこにいる。細身のスーツを着た男たちが堂々と名刺を交換する。ショーケースの中にはコンテナが整然と配置された大きな模型があり、ミニチュア版の町には秩序と清潔さが溢れている。「鉱山や石油採掘場、軍事用、難民向けなど私たちが提供するあらゆる種類のキャンプについて、ご希望の情報をお送りしますよ」。そう誇らしく話すのはスペインの物流会社アルパ代表のクララ・ラバルタ氏だ。「アフリカの政府」から派遣されたとだけ名乗る男がその話を聞いている。ラバルタ氏のブースの後ろには、さまざまなタイプのテントや数機のヘリコプターが一箇所に集まったベースキャンプの大きな写真が貼られている。彼女は続けてこう話す。「私たちの会社の第一の仕事はスペインの防衛省に軍事装備品を供給することですが、“人道支援市場”についても知ろうとここに来ています。あらゆる分野の業者が関わっているので、とても複雑な市場なのです」。2016年5月、国連はイスタンブールで第一回目の「世界人道サミット」を開催した。それと並行して企画されたこの見本市には、宣伝の力によって世界中から600以上の出展企業が集まった。その見本市は、難民キャンプに携わる様々な国際組織の確かな「変化」を示している。人道支援活動に民間企業がますます密接に関与しているのだ。ドバイやブリュッセルで毎年数回は開かれる巨大な商業見本市には、主要な国連機関や古くからあるNGO、そして、地元のまだ新しい会社から世界を代表する多国籍企業まで、いくつもの民間企業が集結する。イスタンブールの世界人道サミットでは、ドローンやソーラーライトあるいは食料品セットの販売会社のショーケースが、金融サービスを提供するマスターカード・ワールドワイド、そして、企業の会計やコスト削減を請け負う大手コンサルタントのアクセンチュアやデロイトのブースと隣り合って並んでいた。難民たちの移住について話し合う円卓会議には、インターネット上でホテル業の採点を行なっているトリップアドバイザーの密使が参加しているのが目に入った。

「今日では巨大な産業部門です。一部の人々はそれを“援助産業”と呼んでいます」と指摘するのは、国連人道問題調整事務所(UNOCHA)のシリアと東アフリカ事務所の所長を2013年まで務めていたベン・パーカー氏だ。「少なくとも年間250億ユーロの取引があります。商業的観点から見て当然これは金になるビジネスです。そして、この産業に関わる者たちは効率の向上を示すことが求められます」。

数百の出展企業の中でもよく目立ち、企業家たちから特に重んじられている一つのブースに注目すれば、その原理をよりはっきりと理解できる。そこに置かれた難民用テント内には模造のティーセットと、とりわけ感じのよいシリア人家族の等身大の写真が飾られている。そのブースは世界中にある難民キャンプをまとめる主要組織、国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)によって運営されている。そしてテントのほうは、かの有名なスウェーデン発祥の家具ブランド、イケアから出資を受けている。イケア・ファウンデーションのCEOで、この計画の責任者であるペール・ヘゲネス氏が自社の新商品を褒めちぎる。普段は個人消費者に販売されている組み立て式の家具をその商品は彷彿とさせる。「この商品は他社のテントのように透けてはいませんので、難民たちの尊厳をよりよく守ります。扉を閉めることができ、窓や断熱機能も備えています。長期間にわたって祖国を離れている人々に、これまでとは全く異なった生活の質を提供します。(……)このモデルはより安定しています。私たちの“テント”に投資を行うことは、長期的に見てUNHCRにとって安くつくのです」。

2010年以降、オランダを本拠地とするイケア・ファウンデーションは、CSR企業のベター・シェルター(「より快適な避難所」という意味)に全面的に出資している。スウェーデンに拠点を置くこの企業はUNHCRと3万個の簡易シェルターの契約を結び、その額は3,500万ユーロ近くにのぼる。その組み立て式製品は、UNHCRが管理するエチオピア、イラク、南スーダンさらにはケニアの難民キャンプへすでに送られた。このような商業パートナーシップは、ヘゲネス氏にとって人道精神の妨げにはまったくならない。「“利益をあげる”か“人道的活動を行う”かといった二者択一の選択を私はしません。むしろ、利益をあげて、同時に会社を発展させることが重要なのです。(…….)いずれにせよ、ベター・シェルターによって生み出された利益は、この社会的企業自身か、あるいはイケア・ファウンデーションに再投資されなければなりません」。

今日、たとえこのスウェーデンの巨大企業が家具販売用カタログ内でUNHCRとのパートナーシップの成功をたっぷりと伝えているとしても、彼らに与えられた難民キャンプでの地位に関してパーカー氏はずっと懐疑的だ。「2011年にケニアで働いていた時、ソマリア人のための巨大な難民キャンプ、ダダーブが位置する地域で大干ばつが発生しました。当時、ダダーブのためにイケアが6,000万ドルを援助すると聞きました。でもそれは、難民たちに最高の生活条件を提供するために組み立てられたテント、“魔法のような避難所”のコンセプトと関連していました。当時、モダンで機能的なデザインの新住居をダダーブは本当に必要としていたのでしょうか? はっきり言って、私はそうは思いません。今日では時おり、民間企業が慈善事業を通じて新たな市場開拓を目論んでいます。イケアの例のように、おそらくはそういったことが今生じています。株主たちにとっては良いことですが、難民たちにとっては、私はそうは思いません」。2016年にイケアはテントの供給業者であっただけでなく、UNHCRにとって最大の民間の資金援助者でもあった。その額は3,200万ユーロにのぼった。

ガラス張りの堂々としたこの国連機関の本部はジュネーヴに置かれ、約1,000人の職員を抱えている。物資補給を確保できない国々のために、難民キャンプの管理運営を担うのが主な仕事だ。UNHCRには重要な特徴がある。それは、公式にはこの機関が国連に依存するとはいうものの、現実にはUNHCRの政策や優先課題を指図するいくつかの大国から資金援助を受けているという点だ。2016年、米国は予算の40%ほど、およそ70億ユーロを提供した。ドイツ、英国、日本、スウェーデンが昔から毎年その予算を補ってきた。ジュネーヴでこの機関の報道官を務めるメリッサ・フレミング氏がこう説明する。「私たちは現在、より高い効率性を得るために民間部門といくつものパートナーシップを築いています。そうして結局、私たちの仕事はある程度は専門職化しています。人道支援システムは巨大な規模に発展し、人道支援活動は“専門職”となりました」。

しかし、UNHCRには資金がない。それを蓄えるため、この国連機関は2012年に「イノベーション・ラボ」という部門を創設した。住居はイケア、緊急の際の物流は米国の運送会社のユナイテッド・パーセル・サービス、そして学校教育についてはグーグルと間もなく新たなパートナーシップ契約を結ぼうとしている。決定プロセスにおいてこれらの企業がますます大きな影響力を持つリスクについて尋ねられたUNHCRは、彼らの資本参加は[米国を筆頭とした]国家と比べてまだ大したことはないと一貫して答えている。ところが、当初は単なる寄付として考えられたパートナーシップが新たな形を取っている。パーカー氏によれば、この機関は泥沼に足を突っ込み、そこからなかなか抜け出せなくなっているという。「イケア・ファウンデーションは数千万ドルを提供する約束をしました。そして今、そのお金の用途を確かめるためにスイスのUNHCR本部に彼らの社員を派遣しています。UNHCRは単にボランティアの人員と寄付が得られるだけだと想像していたことでしょう。私企業が実際にはそうは機能しないということを彼らは学びつつあります。(……)見返りなしに企業が助けに現れることはないでしょう。たとえば、もしイケアが難民キャンプで新製品をテストすることを決めたとしたら、UNHCRは彼らに何と言うでしょう?」。そして、イケアの大規模な租税回避スキャンダルへの関与がEUの議員たちによって2016年2月に明かされた今、どのように対応するのか? UNHCRに資金を提供している国々に対し、この会社は税金を納めていないという(ラ・トリビューン紙、2016年2月13日付)。この国連機関は、そのような事件の話は一度も聞いたことがなかった……。

世界中で移住を余儀なくされた多くの難民たちの運命を背負うUNHCRだが、イケア製テントの実際の使い易さは別として、彼らが今日従っている経済モデルと大国の政治力の問題が今提起されている。1970年代には、無料診療所を建てるために数名でアフリカへ出発した「フレンチ・ドクターズ」[訳註1]という医療の先駆者たちがいた。当時はその目的すら知られておらず、閉ざされ、時には秘密にされることもあった人道支援の領域で彼らは活動していた。しかし今では、グローバル化した大学システムの一部となったビジネススクールや法学部で学位を取得した経営者たちが彼らに取って代わってしまった。フレミング氏はこう裏付ける。「私が毎日どれだけの履歴書を受け取っているか、知らないでしょう? 信じられないぐらい多くの人がこの仕事に就きたがっています。特に人生の意味を追い求めている若者たちが、“やっぱり、自分はもうウォールストリートで働きたくはないです”と私に言います」。人道支援分野の新しい管理職の大多数は新古典派経済学の理論を教え込まれた人たちだ。彼らにとって、古くから存在するNGOをより有能だとみなされる民間企業に置き換えることは当たり前のことなのだ。

しかし、ますますその責務が拡大しているUNHCRへのこうした市場の浸透については、管理職の世代交代だけで説明することはできないだろう。拠出金を多く支払う大国(主に米国)の影響力がひたすら保たれることによって、この機関は世界を覆っている企業経営モデルに少しずつ順応せざるを得なくなってきている。そのモデルは効率性と収益性に極端に価値を与えるものだ。難民キャンプについて研究を行っているグラスゴー大学の歴史学者ベンジャミン・ホワイトは、数年前からこうした変化を観察している。「競争入札、そして“需要とは何か?”を常に定義し数値化することで、大国はUNHCRの資金調達の仕組みを作りました。こうして特に米国のような国々はUNHCRに対し、マーケティング・“アカウンタビリティ”・評価に関わるそれぞれの部門を備えた、予算を絶えず考慮する企業のごとく機能するよう強いました。ケア(Care)やノルウェー難民委員会(Norwegian Refugee Council)のような規模の大きなNGOは、同様のモデルに基づいて運営しています。こうしたNGOのことを人道支援“企業”と呼ぶことができます」。UNHCRが自身の管理モデルへの米国による直接的な影響を公式には認めないとしても、この機関のスポークスマンは、最も多く出資する者がいくつもの危機の間で選別を行なっていることを告白している。「選択を行なっているのは私たちだけではありません。UNHCRへの出資者が、時折こうした決定を下しています。たとえば南スーダンや中央アフリカにも、シリアと少しも変わらないほどの悲劇的な状況が存在していますが、融資はシリア人にしか与えられないでしょう」。

黄土色に輝く朝の光の中で、風で舞い上がった土が巨大な砂埃を形作る。時の経過によって黄ばんだコンテナの縁には洗濯物が掛かっており、ゆらゆらと揺れている。過酷な不毛の土地に周囲を囲まれた子供たちが、古いタイヤを使って即席で作られたブランコで遊んでいる。人道支援見本市で展示された様々な模型の平穏できらびやかなイメージからは程遠いザータリキャンプは、UNHCRによって2012年にヨルダンで開設された。シリアとの国境からは15kmも離れていない。そこは今日、8万人以上におよぶシリア人難民を抱えている。ザータリキャンプの開設から3年後、食糧配給に携わる国連機関の世界食糧計画(WFP)が、その歴史上はじめて市場経済を難民キャンプに導入する決定をした。食糧支援物資はセーフウェイ(米国の巨大企業と同じ名前だがつながりはない)と、特に難民キャンプをビジネスの対象にするクウェートの食品グループの子会社タズウィードという競合する二つのスーパーマーケットに取って代わった。「商業的なメッセージを大っぴらに示す二つのスーパーマーケットを難民キャンプに導入したことによって、人々は“幸福な消費者”に変わりました。彼らは1日につき1ドルを欲しいものに使います」とキリアン・クラインシュミット氏は主張する。彼は2013年から2016年までUNHCRに代わってこの難民キャンプを統括した人物で、この新しいシステムを熱心に擁護する。彼によれば、コストが大きく下がったという。

ザータリキャンプの賑やかな「商店街」で難民たちが少しずつ発展させてきたインフォーマル経済は、強力な商業的メッセージを打ち出すこうした新たなアクターの到来に直面した。シリア人難民たちが入手したキャッシュカードには一人当たり毎月50ドル程度がUNHCRとWFPによって入金されるが、それはザータリキャンプで競い合うこれら二つのスーパーマーケットでしか使用できない。こうして生まれた新しい「顧客たち」は、大型ショッピングセンターにおける消費の喜びを見出した。「私たちは難民キャンプを専門にしています。これまですでにイラクとイエメンでUNHCRのために仕事をしました」と、タズウィード・グループの事業展開責任者ライス・アル=ジャズィ氏が、クウェートから輸入した製品が積み上がった大きな台の真ん中でそう語る。「競争は健全なものだと私は考えています。それによって難民、より正確に言いますと、この言葉を使わせてもらえば“受益者”にとって最も良いサービス、最適な価格が保証されるのです」。

WFPはこの閉鎖市場において、二つのスーパーマーケットの利益率の上限を総売上高の5%に設定すると約束している。だが、今はフリーのコンサルタントとして働き、このセクターで非常に大きな影響力を持つクラインシュミット氏は、民間への外部委託システムをさらに推し進め、時代遅れの「人道的救済モデル」を終わらせたいと願っている。難民キャンプで露店を開いている難民たちに対し、彼らが享受している人道的サービスの代金を直接請求するべきだと彼は考えているのだ。「私は、今普及しているこの難民支援システムはとても不健全だと思います。自分の国に戻って、あなたの国の政府に“私は何が無料でもらえますか?”と聞いてみると良いでしょう。すべての物には価格が付いています。あなたが受け取る一つ一つのサービスは、お金で計算されなければなりません。現在の経済システムがそうした事実に基づいているということを受け入れましょう」。

1980年代のはじめ、哲学者のミシェル・フーコーは、ベトナムから難民として脱出したボートピープルに関する精力的な発言の中で「難民たちは外に閉じ込められた最初の人たちだ!」と意見を述べた。彼らが難民として暮らすために将来お金を支払うことになることを、フーコーは想像していただろうか?


[訳註1] 1971年にフランスで創設された国境なき医師団(MSF)など、対外救護活動に参加したフランス人医師たちのこと。

(ル・モンド・ディプロマティーク2017年5月号)

http://www.diplo.jp/articles17/1705-6r%C3%A9fugi%C3%A9s.html

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時代はSFを越えたのか?

時代はSFを越えたのか?

カトリーヌ・デュフール(Catherine Dufour)

作家

訳:福田正知

 


 今という時の中に隠された可能性の蓋を開き、現在に密やかな影響を与える来たるべき未来を夢見ること、それがサイエンス・フィクション(以下、SF)の重要な役割である。とりとめもない少年少女向け小説の源と長くみなされてきたSFは、今日では未来予測としての価値を認められている。しかし科学技術が未来予測に追い付いた今、SFに予測できることとは一体何か?[フランス語版編集部]

James Rosenquist. – « U-Turn into Tomorrow », 1974
© Estate of James Rosenquist/ADAGP, Paris, 2017

 

SFの定義は困難だ。SFの巨匠の一人、アイザック・アシモフは思い切って、「科学技術の進歩に対する人間存在の答えを気に掛ける文学の一分野」(1)と明言した。はるか昔に生まれ、紀元前18世紀のギルガメッシュ叙事詩に既にその面影を現しているSFは、19世紀初めになって技術進歩の加速を反映して爆発的に拡大する。まず、このジャンルに見られる二つのアプローチ、すなわち冒険小説的SFと近未来SFとを区別しなければならない。後者の近年のものは「サイバーパンク」とも呼ばれている。冒険小説的SFは、フランク・ハーバート『デューン/砂の惑星』(1965年)を代表例とするスペース・オペラから、アラン・ダマシオ『鎧戸の集団』(≪La Horde Du Contrevent≫、2004年、未邦訳)やコーマック・マッカーシー『ザ・ロード』(2006年)のような「終末もの」まで、「しばしば『ここではない他の場所で、明日に』(宇宙探索、あるいは遠い未来)という表現で説明される」ものである。他方、「サイバーパンクは今の世界、その暴力性、そして新興の科学技術について語りたがる」(2)。私たちを私たち自身から、そしてこの世界から遠いところへ導いてくれる冒険小説的SFは、今なおも前途洋洋である。しかし、私たちがまさに今日待ち構えている近未来を描き出す、SFのもう一つの流れについてはどうだろう?

SFのこの別の系統とは「馴化(じゅんか)」の文学である。つまり、近未来SFとは進歩をそれが起こる前に飼いならそうとし、我々の生活のなかで実現するよりも前に、頭のなかで先取りしようとするものである。作家たちは、実験室でまだ研究中の科学的発見を掴み出し、それを幻灯機の如く社会という布の上に映写する。映し出された影を見て、読者たちは未来についてそろって考え始める。かつて偉大な預言的作品があった。まさに絵に描いたような技術発展に希望を託しつつ、偉大な作品は未来のパラダイム・シフトをずっと以前から予見することができた。ジョージ・オーウェル『1984』(1949年)と、そこで描かれた遍在するスクリーンがその例に挙げられよう(当時のフランスには4000しかテレビ受像機はなかった)。抗生物質も無い時代に、バイオ・テクノロジーによって人々が審判を受けるさまを描いたオルダス・ハクスリー『すばらしい新世界』(1932年)、あるいは「インターネットが約千台のコンピュータの通信網」(3)でしかなかった時代に「サイバースペース[訳註1]と多国籍企業に対するハッカーたちの戦い」を描いたウィリアム・ギブソン『ニューロマンサー』(1984年)を挙げてもよい。

こうした予知能力があるのに反し、一般的にSFは十分な評価を得てはいない。もしくは、少なくとも真面目に取り扱われていない。「SFに浸かり切っている」という表現(ここでの「SF」という言葉は「千切りキャベツ」と同じ使われ方をしている)はひとつの常套句となっている。夢想者やへぼ作家、前衛作家たちが逃げ込む境目の中の、「理解されない青春の本棚に追いやられてしまった薄暗いジャンルだと見なされ」(4)た辺縁に、SFは位置付けられている。これらの事情に通じたミシェル・ウェルベックも、2001年にすでにこう認めている。「軽率にも『通俗文学』として作品を発表し、それによってやむなく極端な批評的難解さを孕んでしまう、そんな才能豊かで不器用な同僚たちを人々に知らしめることは『一般文学』作家の義務である」(5)と。

しかし今日、SFファンであったかつての青少年は大人になり、ビル・ゲイツやスティーヴ・ジョブズ、マーク・ザッカーバーグもそうだったとなると、SFをアウトサイダーとして論じることは難しくなる。学位を得た読者たちは、彼らの電気の夢を堂々と追っている。彼らはサロンやフェスティバル、科学シンクタンクを立ち上げ、そこでとりわけSF作家たちと意気投合している。未来の素材の話をするために2015年にトーマス・デイとジェラール・クラインを招致した環境・エネルギー制御庁から、この2年間に作家アラン・ダマシオとノルベール・メルヤナンを招待した「コンテンツとコミュニティのインキュベーターであり集合体」であるヨーロピアン・ラボ、そして2017年に編集者ステファニー・ニコを呼んだ生命倫理フォーラムに至るまで、その例は豊富にある。

逆にまた、毎年盛大に開かれるフェスティバル〈ユートピアル・ナント〉では、現在宇宙物理学者のロラン・ルオックが会長を、作家ジャンヌ=ア・ドバがアートディレクターを務めており、芸術家たちの他にも多くの科学者たちを毎回招待している。そこでは作家のピエール・ボルダージュやシルヴィ・ドゥニが、物理学者(且つSF小説家)のエリック・ピコルや宇宙工学者エリーザ・クリッケ=モレノと対話する光景が見られる。大学界もこの傾向の例外ではありえない。リヨン大学をはじめいくつもの大学がSFと関連した科学的で社会的な研究を行っている。一般文学さえも軋み音をあげている。ミシェル・ウェルベックの『ある島の可能性』(2005年)に描かれるクローン人間によって、SFはほとんど正統文学的なものになった。辺縁から抜け出したSFは、今や「技術に関する警告の発信」(6)のための「社会進歩の真なるツール」として見られるようになった。ようやくSFが備える未来予測の真価や、現実を把握する力が認識されるようになったのだ。しかし、前衛または辺縁から支配的地位へとSFが移行したことは、それが持っていた予測力の衰えを意味してはいまいか?

今日、『1984』に出てくるモニターはあらゆる家庭にある。『すばらしい新世界』に描かれている遺伝子操作技術にも、多国籍企業による大規模な投資が行われている。その他にも、グーグルはアンチエイジングのバイオ事業Calicoを創設した。アリエル・キルーは「雇用なき仕事の再発明」(7)というテキストで、「とりわけアングロ・サクソン系言語の文章作成プログラムに終止符を打つ『自動文章作成機』」を取り上げて、フィリップ・K・ディックの小説『もし、ベニー・チェモリが存在しなかったら If There Were No Benny Cemoli』(『ロボット化したニューヨーク・タイムズ』を基に、1963年に発表。未邦訳)と私たちの現在を比較している。ジャーナリストや「ホワイトカラー」の半分近くが、「来たる10年、20年の間」に人工知能によって置き換えられるとこの作家は予想している。すなわち、20世紀のSFが予想していたことのすべてが今まさに実現しつつあるのである。

21世紀のSFは、超人間主義の「三本の柱」(8) の周りを途方もなく回り続けている。不死、バイオテクノロジー、そして人工知能である。Gafam(グーグル、アップル、フェイスブック、アマゾン、マイクロソフト)の巨大な影響の下で、SFは彼らの社会的、経済的、そして人間的な影響のあり得る姿を分析している。労働界における技術の影響はその一例だ。ここから、アリエル・キルーの表現で言うところの「極端な推測」がなされる。パオロ・バチガルピ『ねじまき少女』(2009年)における人工知能にしろ、スナイル・マグナソン『ラブスター博士の最後の発見』(2002年)における貪欲な多国籍企業にしろ、新しいパラダイムを想像しようとするがためにこれらはその典型から脱してはいないし、これからも脱することはない。もちろん、人工知能やバイオテクノロジーが差し出す可能性を広げることは、文学の進むべき肥沃な道を開くことにもなる。しかし、私たちの時代はさらにその先を見通すための新しいオーウェルや新しいハクスリーを切望している。それは相対的な正当化[訳註2]の帰結であるのだが、おそらく芸術運動にとっての死に至る喘息、マニエリスムと呼ばれるこの病に苦しんでいることと表裏一体である。マニエリスム——これは誇張によって息切れを起こし、とりわけ息切れのために誇張してしまう運動だ。

とはいえ、その息切れの全責任をSFが負っているわけではない。この責任はおそらく、SFの周囲で加速している現実にある。「現実はディック的世界観に向かい横滑りしているのか?」(9)。何か出版物のページを捲ってみよう。たとえば世界保健機関のレポートでは、欧州では騒音が原因で80万年分の寿命が損なわれていることが報告されている。それを改善するために、前衛的な技術を想像してみよう。それからインターネットで調べてみよう。それは既にある。ミューゾーという小さなグレーの騒音防止装置が、「あなたの周りに無音の領域を作り出し、このように外の騒音からあなたを守ってくれる」のである(10)

少し前まで驚くべきものと思われていたアイデアは、今や芸術家の想像の世界だけで生きているわけではない。リュック・ベッソンの『フィフス・エレメント』(1997)における生命再生のシーンや、あるいはロジェ・ルルーのバンドデシネ『ヴィネアの三つの太陽』(『Yoko Tsuno』シリーズ第11巻、1976年、未邦訳)に描かれた魂のダウンロードによる不老不死の技術が、思いつくままに挙げられよう。ビル・ゲイツ氏の資産や、グーグルの技術部長レイモンド・カーツワイル、あるいはテスラ・モーター会長であり、脳をプリント回路に接続しようと試みるNeuralinkの創始者であるイーロン・マスクを介して、今や確立を待つだけなのはこれら技術の明証性である。では、アメリカの科学者でありSF作家でもあるヴァーナー・ヴィンジが1993年に提唱した、今から2050年までに人類を超越し、人類に終止符を打つようなレベルの人工知能が発明されるという「シンギュラリティ(技術的特異点)」は到来しただろうか? 科学よりも先を思考し、想像するSF作家の能力は失われてしまうのだろうか? 文学というジャンルが息切れしていることは中々認め難い——。『持続体の箱』(2014年、未邦訳)の著者レオ・ヘンリーの言葉を借りるなら、「SFは現実を前にして出鼻を挫かれている」のである。

とはいえ、SFに一つの未来も残されていないわけではない。ありとあらゆる領域が科学の手中に置かれたわけでもなく、たとえば思想のような新たな発明を求めてもいるからだ。今日の秩序作りに一役買っている認知神経科学が、その威光がどれほどのものであろうと、意味の創出やあるいは政治の広範な争点を思考対象にすることはない。1954年にジャン・ロスタンは著書『ある生物学者の思考 Pensée d’un biologiste』(未邦訳)で、彼にとって進歩の限界だと考えられたものについて記している。「人は原子エネルギーを思うがままに利用するようになるだろう。結核や癌を治癒し、星々を旅し、そして寿命を伸ばすようになるだろう。だが、最もふさわしい者によって統治される方法は見つけ出すまい」。確かにこの領域においては仮説を出すことに意味がある。さらに言うなら、SFが「欲望と現実をつなぐ知性の膠(にかわ)」(11)であり続けることができるのは、人間を人間たらしめるものを問い続けることによってである。

 


  • (1) Isaac Asimov, David Starr, Space Ranger, Doubleday, New York, 1952.
  • (2) Interview de René-Marc Dolhen, «SF & Santé :  de l’immortalité à l’alerte technologique», Mutuelle nationale des hospitaliers (MNH), 2017年1月9日, https://mnhgroup.blog
  • (3) « SF&santé…», article cité.
  • (4) Clémentine Spiler, «Comment la science-fiction a pris sa revanche sur le monde », Novaplanet.com, 2017年1月26日.
  • (5) Michel Houellebecq, Interventions 2, Flammarion, Paris, 2009.
  • (6) « Comment la science-fiction a pris sa revanche sur le monde », article cité.
  • (7) Ariel Kyrou, « Réinventer le travail sans l’emploi », Les Notes de l’Institut Diderot, Paris, 2017年3月.
  • (8) Mathieu Terence, Le transhumanisme est un intégrisme, Les Éditions du Cerf, Paris, 2016
  • (9) Interview de Philip K. Dick par Nita J. Petrunio, 1974, citée dans Anthony Peake, Philip K. Dick. L’homme qui changea le futur, Hugo & Cie, coll. « Hugo Doc», Paris, 2016.
  • (10) Christelle B., «Muzo, le créateur de zone de silence », Commentcamarche.net, 2016年9月9日.
  • (11) Bertalan Meskó, cité dans « Comment la science-fiction a pris sa revanche sur le monde », article cité.[訳註1] サイバースペース:「サイバネティクス」と「スペース」の造語。コンピュータ上の仮想空間。
    [訳註2] 社会学者タルコット・パーソンズによれば、自力で動くことができず、働いて公共や家族のために役立つことのできない病人は、無力な自己の立場を受け入れるために何らかの形で自分を正当化する必要にせまられる。そこで、健康状態の時とは違う物差しを用意し、相対的に正当化しなければならない。ここでは、マニエリスムという病に罹ったSFが「予知能力がある」という基準でのみその価値を認められる限りは、今後も過去の延長としての新たな作品作りをしていかねばならないという困難を示している。

(ル・モンド・ディプロマティーク 仏語版2017年7月号より)

http://www.diplo.jp/articles17/1709-1sf.html

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