SABOTENなぜにメキシコ ラ・パスなのかというと、ダイビングを趣味とする旦那の「行ってみたい所」の2大ポイント[紅海(エジプト)、メキシコ(ラ・パス)]のうち、日程(11月しか休みがとれない→11月のエジプトは寒すぎる)と予算とネットサーフィンで見つけた“バハ・カリフォルニア”に魅せられたダイバーさんのホームページがあまりに魅力的だったため。ラ・パスはメキシコのなかでも治安が良く、食べ物がおいしいとあっては、潜ることができなくても楽しめるというもの、早速ツアー会社に連絡をとり、パンフレットを取り寄せました。

航空会社:タイ航空
ダイビングショップ:バハ・クエスト
【日本人経営、船は大きいが足が遅い】
ホテル:ロス・アルコス-カバーニャタワー
【街中にあり便利、プール有り、一番安い】

6泊8日の長旅で、2人前ですから「安く上げる」ということでこの組み合わせになったわけですが、他にもいろんなホテルがあり(同じホテルでもグレードが上のとか)足の速い船を持つショップもあります。クルーズやキャンプもあって、色々悩みましたが、私が船酔いしやすいのと季節的に気温が辛そうなので、今回は普通にホテルに泊まり、ダイビングをすることにしました。
ここで、簡単にメキシコ ラ・パスについて記すと、

位置:メキシコ連邦共和国の東側.カリフォルニア半島の先端にあり、太平洋と反対のコルテス海(湾)に面している(対岸は北アメリカ大陸)
通貨:ペソ(1米$=約9ペソ)、$も通用するが割高になることも
言葉:スペイン語(屋台やお土産屋、料理店でも英語が通じないことが多い)
気候:砂漠気候(やたらとサボテンが目に付いた)
その他:マリンスポーツ(ダイビングのほかにスポーツフィッシング、ホエールウォッチング、シーカヤック等)とカーレースで有名

以下、「家を出」て「家に戻る」までを綴ったダイビング日記を紹介します。

2000年11月4日 1日目:
出発の日、お昼過ぎに旦那と2人で家を出る。旦那は衣類を詰めたリュックを背負い、2人分のダイビング器材を詰め込んだプロテックス(35キロを超える重さ!)を転がす、そして私はカメラ(海用と陸用で計3台)を入れたキャスターバックを引きながら、電車で関空を目指す。荷物は結構な重さで、階段の昇り降りがとても辛いが、エスカレーターやエレベーターが設置されているところはなかなか無い。地下鉄で天王寺に出て、JRで関空へ行くまでに、エスカレーターは地下鉄のホームへの昇り降りの2箇所、エレベーターは地下から地上への1箇所のみ。「バリアフリーには程遠いな~」とぼやきながら、ウェイトトレーニング並の行程で関空へ向かう。
関空に到着するも、集合時間には間があり荷物をツアー受付カウンターへ預けて腹ごしらえに行くことにする。うどん定食を食べ,本屋などを覗き時間を見計らって受付カウンターへ戻ると、タイ航空が2時間程度遅れているという。それで、時間潰しの意味があるのか1人千円分の軽食チケットをもらった。
とりあえず、タイ航空のカウンターで搭乗手続きをして荷物を預けることにするが、受付で「タイ航空はキャスターバックの機内持ち込みはできないかもしれません」と言われた。念のため係りの方にタイ航空のカウンターへ行ってもらい確認をとってもらうが「カメラが入っていると説明したらもしかしたら大丈夫かもしれません」といい加減なことをいう。だめもとでタイ航空のカウンターへ行くと、、、、、やはり駄目とのこと、タイ航空のお姉ちゃんは頑としてキャスターの機内持ち込みはできないという。仕方がないので荷物の詰め替えをすることになる。おもいかえせば、前年、新婚旅行でモルジブに行くときも、同じように出発前に荷物の詰め替えをしたような記憶がある。(たしか、キャスターはだめとの同じ理由だった)その反省もあり、旅行会社に荷物についてのリサーチをしていたのにもかかわらず、こんなことになるとは。とにかくリュックにカメラを入れ、リュックの荷物をキャスターバックへ詰め替える。パッキングは旦那の仕事、せっかく3回も詰め替えをして、苦労した荷造りを台無しにされ、不機嫌になる。ぶつぶつ言いながらも再び時間潰しの食事に向かうが、さっきご飯食べたばかりでそんなに食べられない。しかたないから、飲み物とパンを買い、パンは袋をもらってお持ち帰りにし非常食にする。
搭乗までには2時間ほどあるが、カード会社のラウンジが利用できるので出国審査をすます。ラウンジでソフトドリンク(無料)を飲んだり、雑誌をよんだりしてゆっくりし(居眠りし)ながら時間を潰す。そして、2時間15分遅れの搭乗、座席が後方から2番目の窓側だったせいか、足元がゆったりとしていたし、タイ美人がいい香りをさせてのサービスは快適、ご飯もまあまあ、ビールを頼むとシンハ・ビールが出る、満足満足。疲れていたけれど、乗り物の中でなかなか熟睡できないので、雑誌をみたりたまにうとうとしたりしてなんとなく時間を潰す。隣の旦那はどこででもすぐ寝つける体質で全く相手はしてくれない。帰りは睡眠薬を飲むことを決意する。
HOTEL 11時間のフライトでロサンゼルスに到着。日本とは16時間の時差があるため現地はだいたい午後1時ぐらいだったと思う。乗換えがあるので走って入国審査に並ぶも、機内預かりの荷物が出てきたのは最後の最後。ターンテーブルが止まってから荷物を見つけるなんて初めてだ。急いで税関を抜け、待っていたガイドさんとともにまたまた走って、メキシコ行きのアエロカリフォルニアのカウンターへ向かう。このアエロカリフォルニアは噂によるととんでもなく遅れるという。そしてたまーになんてもんじゃなく、よく飛ばなくなるという。ガイドさんから帰りの便が遅れたり、飛ばなかったりしたときのための連絡先等の説明を受ける。今日は定刻通りに飛ぶらしいが、ゲートが決まってないというので空港内の小僧寿しでカリフォルニアロールを買って腹ごしらえをしながら、電光掲示板の出発案内を見つめ続けていると出発1時間前にゲートが決定し、しっかり定刻に出発するとの掲示。2人してほっとした。自宅を出てから既に20時間以上経過している。これ以上待っていたら、疲労してダイビングどころではなくなる。
長い動く廊下をひたすら歩いて一番端のゲートへ向かう。人が少ないせいかスムーズに飛行機に乗り込むことができた。機内は3席×2で、前方の1列目はファーストクラスらしく、シートが革張りであった。スチュワーデスは濃い顔に「これでもか!」ってほどの極濃い化粧、楽しそうに仕事をしていたのが印象的だった。(始終やかましかったけど)
2時間程度のフライトの間に機内食が出る。皿にかぶせてあるアルミ箔の上にぽつんと丸ごとの青唐辛子が乗っかっている。メキシコの人はこれをどのようにして食べるのだろう興味があったが、あいにく隣に座ったおじさんは離陸を待たずに眠りに入り、食事も飲み物もとらなかったため観察できなかった。(機内食は唐辛子抜きで充分おいしかった)
途中、エルモシーヨという空港で入国審査をすませてから、ラ・パスへ向かう。この空港でトイレに行ったが、背が低いため便器に座ると足が浮き、乗り降りに手間どってしまった。
BED ラ・パス到着後、機内預かりの荷物を受け取り出口に向かうが,ゲートのボタンを押すと点灯するランプの色によって荷物のチェックするか素通りかが決まるようになっていた。ランプが緑ならOK、赤なら荷物を開けなければならない。私は緑だったが、旦那はプロテックスを持っていて赤が点灯した。ここでもぶつぶつ言いながら重たいプロテックスを審査台に乗せたところで、係りの人がダイビングの器材と判ったのか、もういいという。(いい加減だ)重たい思いをして台に乗せたのに、と旦那はますます不機嫌になる。今回の旅も荷物に悩まされ続けている。
その日の到着は定刻の15分前の19時25分、まれにみる正確さだったそうで、「昨日は夜中の2時でしたよ」と迎えに来た現地ガイドのYさんが言うのを聞いてなんとなくうれしくなった。ホテルまで送迎してもらうため他の2人のお客さんとともに車に乗り込む。私達はガイドのいるホテル&ダイビングサービスと違うので、送ってもらうだけ。帰りのエアチケットの交換は自分達でやらなければならない。とはいっても、アエロカリフォルニアのカウンターはホテルから歩いて3分くらいのところにあり、夜8時までやっているというので、煩わしくはなさそう。枕チップ、食事のチップなどの注意を受け、「それじゃ帰りの日に会いましょう」といわれ別れる。
私達が泊まるのは、ホテルロスアルコスのカバーニャタワーというところ。ロスアルコスの本館とは全く別の敷地で、木が茂っているなかに左右にコテージ風の建物が何棟か建っていて、真中にプールがあり、奥に長い建物がある。コテージ風の建物に泊まったが、1棟で左右対称に2室あり、屋根は茅葺みたいで壁はレンガのように見えた。後でわかったことだが、くしゃみや咳が丸聞こえの非防音構造であった。
GOHAN チェックインをすませ、さっそく荷物のセッティング。ダイビングは早朝出発なので、器材や衣類の用意をしておかないと朝にあわてることになるのだ。このセッティングも旦那の仕事である。旦那が過保護なのか、それとも私にはまかせられないと思っているのかはわからないが、パッキングも荷解きも旦那一人でする。私は、シャワーの具合やモーニングコールの方法、冷蔵庫の中身の点検をするぐらいで、ひたすら旦那の仕事が終わるのを待つ。1時間ぐらいして準備ができたので、外に食事に出かけた。機内食を食べたとはいえ、4時間近くたっていて小腹がすいてきたことと、どうしてもビールが飲みたくなったのだ。初日ぐらい贅沢してもいいだろうと、海岸沿いの道を歩いて10分ぐらいのところに見つけたオープンエアのレストランに入る。メニューはスペイン語と英語。メニューをにらみながら「ビール!2つ(two beer)」と言ってみるが、ボーイは50をすぎてる感じのおじさんでまったく通じず、指差し注文する。ビールのほかに、つまみとしてアボガドのディップ&トルティーヤとクラブハウスサンドを注文するが、その量に吃驚!ディップもトルティーヤも4人前ぐらいはある。アボガドのディップにはトマトのディップがついているし、クラブハウスサンドなんかポテトサラダまでついている。ビールのつまみ程度に考えていたのに食べるのに必死になってしまい結局、2人ともビールは1杯で終わり。チップをいれて13US$也。安い!
かくして、旅行初日(とはいっても2日分の時間はたっているが)が無事終了。
枕チップ1US$×2をベッド横のスタンドに置いて就寝。現地時間午前1時。
11月5日 2日目:
ホテルからのピックアップは7時ということなので、5時半に起床し、持ってきたパンを食べる。朝ご飯は船上でとるという話だが、私は船に酔うので念のため。
メキシコといってもラ・パスはカリフォルニア半島の先端部分にあるので、この時期の気候は、朝晩は日本の秋、日中は初夏といった感じで早朝は結構寒い。水着の上にTシャツとイージーパンツ、更にボートコート(裏付のナイロンコート)を羽織って部屋を出た。
集合場所を確認していなかったので、一応ロスアルコスの本館へ行くと、関空から一緒だったお姉さん(Mさん)の姿があった。他に日本人の姿がちらほらしていたが、この日一緒の船だったのは私達を含めて5人だった。7時15分を過ぎたころに、ガイドのEさんが迎えにきたので、タクシーに分乗し港へ向かう。船に乗り、外国人があと2人来るというので、待っている間に器材のセッティングを済ます。船には、船長のほかにコックが1人とガイドが2人(メキシコ人と日本人)、客は日本人5人と外国人2人の計11人が乗っていたため、キャビンは船酔いする私と北海道から来た女性2人組(CさんとHさん)で占領し、あとの人は船首や上のデッキに分散していた。
この日のポイントは、
1本目:ロスイスロテス(アシカポイント)
2本目:ロスイスロテス(アシカポイント)
3本目:バジェーナ
ASIKA01 ロスイスロテスは船で2時間半ほどのポイントでアシカのコロニーがある。2本潜った後昼食、少し移動して3本目のバジェーナは特に何もなかった。
1本目に、私の前を泳いでいたメキシコ人のガイドと外国人2人がアシカにあまりに接近したため、ボスアシカの威嚇(咆哮しながらものすごいスピードで突っ込んでくる!)をもろにうけた私は、その後子供アシカも怖くてなかなか近づけなかった。フィンやシュノーケルを噛まれている人を離れてみているのも楽しかったけど、触ってみたかったような気もする。だまっていても真横や真上をビュンビュンと泳いでいたので、じっくりみることはできたけど、まさに水を得た海獣。(本当は海馬とかいうらしい)
海中を移動しているときに、他のダイビングサービスのグループとすれちがったがその中の1人が私に向かって手を振っていた。何なんだろーと思いながらも振り返しておいた。
ASIKA02 港に戻ったのが午後4時ぐらい、車でホテルまで送ってもらい、とりあえずプールで体の塩抜きをする。旅に出るとずぼらになる私は、「今日のシャワーはシャンプーだけ」と早速手抜き、どうせ明日も海中だ。(と、毎日この調子でずぼらした)少し休憩してから外出、エアチケットの交換とお土産の物色と今夜の食事とビールの買出しが目的だ。ホテルをでて右、海岸沿いから1本山手の通りを3分ほどいくとコンビニエンスストアを発見、ここでビールがあることを確認して目的のタコス屋とアイスクリーム屋を捜しに先に進む。少し先を山手に上っていくとスーパーらしい店(MAS)があり、時間も無いので海岸通りまで戻り、屋台のタコス屋台と隣にあるアイスクリーム屋を確認して、エアチケットの交換に向かった。タコス屋とアイスクリーム屋は、ラ・パスのおいしい店をリサーチした時にはずせないと思った店で、滞在中かかさず通った。
海岸通りをホテルに向かって戻り、アエロカリフォルニアのカウンターでチケットの交換手続きをしていると、昨日迎えに来てくれたガイドのYさんもチケットを交換に来た。
私に「気が付きましたか?」と聞く。どうやら海中で手を振っていたのはYさんだったようで、短時間しか会ってない、海中でしかもマスクをつけた状態の私がわかったな~と感心してしまった。
Yさんに地元人お奨めの海老タコス屋台の情報をもらって、再度「最終日に」と言って別れた。お腹がすいていたので、「コンビニでビールをゲット」し、「屋台でタコスを食べる」プランを実行すべく、最初に見つけたコンビニへ向かった。ところが、コンビニのお兄さんは「ビールは売れない」という。片言の英語で話を聞くと日曜は午後7時以降にビールを売れない決まりになっているとのこと。その時点で時刻は午後7時2分位だったか。どうしても、とお願いすると、「急いで」というジェスチャーとともに早回しでレジを打ってくれた。ありがたかった。
BARGAR ビール持参で、タコス屋に向かいとりあえずタコスを2つ頼む。作っているお兄ちゃんは英語が全く通じないので、身振り手振りで伝える。タコスを作りながら、魚のフライを揚げていたのでつまみに食べたいと思ったが、うまく伝わらない。そのうち地元のお客さんが来て頼むものを見ていたら、ホットドックやハンバーガーもあったので、身振り手振りでフィッシュバーガーを作って、と頼むと通じた。味もボリュームも文句のつけようがない。値段なんかもう!大変結構。この日支払ったのは、タコス12ペソ×2つ、フィッシュバーガー12ペソ、日本円にして約420円。代金は作っているお兄ちゃんではなく、元締めのようなおじさんに払うシステムになっている。(これは、隣の焼肉タコス屋台も同じ)ちなみにビールは1缶7ペソで日本円に換算すると80円弱。これはジュースよりも安い(ジュースは110円)のである。大満足の帰り道、しっかりストロベリーアイスクリームをテイクアウトして食べながらホテルに戻った。2人で千円未満の夕食、幸せだ。
就寝時刻は午後8時半ぐらい。ダイビングの夜は早い。
11月6日 3日目:
天候は良好。しかし、天気が良ければ朝晩の冷え込みは厳しい。海の状況も、まあまあといった感じなので、ポイントは遠いところになりそうな予感がした。朝食を食べ,酔い止めをのみ、大きなバスタオルを持ち、ボートコートを着て長い船旅に備える。
朝7時にピックアップ、タクシーにて港に向かうが、昨日とは違う船着場。この日から大型の船に変わり、メンバーは外国人2人がいなくなって、日本人のショップツアーグループ6名と単独女性1名(Kさん)と合流し、客は日本人のみ計12名となった。大所帯のため食事時には全員が座れないし、荷物の置き場所に困った。
デッキに上がって船長の舵さばきや風景を見て3時間半の時間を潰すことにしたが、Kさんは揺れの中で英字の小説を読んでいた。なんでも、ロスの大学を出たので、英語なんて当たり前、よほどの揺れでないと酔う事はないらしいが、みているこっちは頭がくらくらした。“船”で“英字の小説”なんて私のような酔いやすく、英語が苦手な人間にとっては夢のようである。
この日のポイントは、
1本目:エルバホ(ハンマーヘッドシャーク)
2本目:エルバホ(ハンマーヘッドシャーク)
HAMMER 大人数なので、ショップグループとその他、の2班にわかれガイドがつくことになったが、基本的に行動は一緒。先頭と後尾に差がついて、獲物(!)が見れなくなるのを防ぐため横並びで行くという。私は第1班で先に潜降し、アンカー近くでみんなが降りてくるのを待っていたが水深が28mもある。なかなか降りてこないので「大丈夫かな~」と不安に思っていたところ、正面にいたガイドの後ろを大きな鮫の形をした物体がすごい数とスピードで横切っていった。「あ゛~!!!」と指をさし正面にいたガイドに知らせるが、速過ぎてあっという間に姿はなかった。そのときのガイドの行動が“目標に向かってダッシュ!”って感じだった、、、、、あとから思えば大変なガイドがついたものだ。全員が集合していないのに自分だけ行こうとしたんだから。
全員がそろうまでには、たっぷり5分はかかった。その間にも近くを通り過ぎるハンマーヘッドの群れを見たが、とにかく大きくて「怖いよ~」と叫んでいたが、海中では誰にも聞こえることは無い。
全員がそろったところで、群れが去っていった方へ全速力で向かう。横並びにとはいうものの、ガイドを含めて14名、透明度が良くない状態で進んでいくことに多少の不安を感じていたが、とにかくメキシコ人ガイドは我先に!で、あとのことなど見もしない。かろうじて日本人ガイドが群れ(?)中ほどにいたが、もしここでなにかあっても、把握できないだろうな、といった距離。私は先に潜降していたため、ダイブコンピュータが減圧表示をしてしまうし、エアも少ない(と思っていたが、実は他の人はもっと少なかった)しで、すご~く不安なのに旦那はガイドとともに先頭を切っていて、私の位置より10mは深いところにいる。近くには、私と同じくらい早く潜降していたMさんがいて少し安心したが、トラブった時に迷惑をかけるわけにはいかないし、、、、、とだんだん旦那に対して腹がたってきた。
とりあえず水深15mくらいを維持しながら、必死に深いところで潜行する人たちを上から眺めて「魚に憑かれた人はこわいな~」と思った。結局、私にはトラブルはなかったが、初日から一緒だったHさんのタンクが外れたのを発見してしまい、それを本人とガイドに知らせるのに、必死に追いかけて息を切らしてしまった。これで完全にエアーは50を切り、一人で浮上することになった。すぐに他の人も上がってきたけれど、、、、(タンクはしっかり締めよう、と心に誓った)
この日の2本目も、潜降直後しかハンマーを確認できなかったが(大人数で追っても、逃げるのは当然だと思う)2本ともハンマーを見れた私達は幸運らしい。それにしても、旦那の態度は、初心者の私のバディとしては失格でホテルに戻ってから喧嘩した。(というより、一方的に責めた)
往復6時間の船旅で疲れていたのと、精神的なダメージとで街中散策は無しにして、夕食を昨日と同じ屋台のハンバーガー(14ペソ)と路をはさんで隣の屋台の肉タコス(7ペソ×2、ちょっと小さめ)とアイスクリームとビールで済ませ、コンビニに寄って朝ご飯(ジュース、ナッツ付のヨーグルト)を買い、ホテルに帰って早々に床につく。午後8時前に就寝。
11月7日 4日目:
今日から、ガイドがYさんに変わった。女性3人が減ったが、昨日までクルーズ船に乗っていたというSさん(男性)と男性2人組が加わり、客は12人。当然、ダイビングは2班に別れて潜る。
1本目:バジェーナ
2本目:サルバティエラ(フェリーの沈船)
3本目:スワニーリーフ(砂地)
この日のダイビングは、トラブルが多かった。
ASIKA03 1本目に、Sさんがフィンをつけずにエントリー(海に入る)し、あわてて船に戻ってくるというハプニングがあり、それにつられてか旦那がウェイトをつけずにエントリーしていた。カメラを持っていたため(浮力はマイナス)浮上することなく大丈夫だったが、気をつけないとね~。
2本目の沈船では、旦那がカメラに夢中になり、仲間からはぐれてしまった。船に沿って移動してアンカーを見つけ無事合流できた。大きな沈船は魚がいっぱいいて楽しいが、移動距離が長く大人数で潜っているとゆっくり観察できないのが難点で残念。
スワニーリーフでは太ーいガーデンイールを近くで見ることができた。ガーデンイールは砂地の穴から体を長く伸ばしている魚で、3mぐらい近づくと素早く穴に戻ってしまうので、遠くからにょきにょき生えているワラビのような状態でしか見たことがなかったが、ここのは50cmぐらいまで近寄ったり、穴を覗き込んだら目が合うなどして、くりっとした目のかわいい顔を観察できた。
バジェーナはあいかわらずなにも見れなかった。
ホテルに戻り、プール→シャワー→洗濯→洗濯干し(これは毎日同じ工程)をすませてからお出かけ。スーパーでお土産(まるちゃんのカップラーメン-種類豊富や缶詰、サルサソース)を仕入れ、夕食は、いつもの屋台のハンバーガーとチキンバーガー、アイスクリーム、ビールを買い部屋に戻って食べる。3日間も潜っていると、疲れてしまって早く眠りたくてたまらなくなる。就寝午後7時半。
11月8日 5日目:
ホテルから出ると、目の前の海が荒れている。空は灰色、今日は潜れるだろうか、なんて旦那と会話しながらピックアップを待つ。
メンバーはMさんと関東からきた女の子の2人組に男性2人組と私達の7名に減り、船内に空間ができた。港から出るも、風は冷たく、見渡す限り白波が立っている。ガイドと船長さんが行き先を相談しているが、どうも海峡が閉鎖されているらしく遠くへはいけないらしい。 なんとか波の穏やかなポイントに停泊し、準備をしていると船長が何か言っている。Yさんが「くじらがいるってーあの船のことでしょう」と、遠くにくじらの絵が描かれたフェリーがいるのが見えていたのでそのことだろうと言ったのだ。しかし、船長は違う、と。そうしたら、30mぐらい先で潮吹きが揚った!本当にクジラだ。ナガス鯨の子供だという。感動した。
1本目:(小さな沈船)
2本目: 〃
3本目:メリート
女の子2人組が船酔いのため1本目をキャンセル、男性の1人はあまりの寒さに断念したため、4人で潜ることになった。沈船ポイントの名前を忘れてしまったが、船長が以前乗っていた船だということだ。前日の沈船に比べ小さく、魚も少ない。おまけにすごーく水が冷たい!水温23~24度といったところか。2ミリのジャージで潜っている私は両腕を摩りながら潜行。2本目も同じところで、昼食の後の3本目は旦那が寒さで断念し、女の子が1人復活したが、砂地で見れた魚はジャイアントなんとかというえいぐらい。
帰港時間が早かったので、ショップに寄ってもらい、ログブックにスタンプを押したり、ショップのTシャツを買ったりした。ホテルに戻り、いつもの工程をすませても4時ぐらい。ガイドのYさんお奨めの海老タコスの屋台は、夕方には閉まってしまうので、「今日こそは!」と急いで出かける。小さめだが、海老のフリッターが乗っかっているタコス12ペソ。周りにいた他の人は2、3個食べていた。
その後、本格的な夕食を「ラ・パスタ」というイタリア料理店に行くことにする。ホテルを出て左、ロスアルコスの本館前を通り過ぎ、1本目の道を左に曲がり30mぐらいのところにある。これもホームページで知った店で、手打ち生パスタだそうな。
店に入り、しばらくすると初日から一緒に潜っているMさんが店の前でうろうろしている。ダイビングショップのオーナーとガイドさんと待ち合わせて、食事をすると言う。Mさんは、6月にも来ていたリピーターで、その時にハンマーヘッドを見逃したため、再度来たとのこと。(その時はオルカを見たそうな!)
オーダーは、メキシコに来たからには、ということで食前酒にマルガリータを頼み、ボーイさんお奨めの白ワインと前菜にブルスケッタ、鶏のサラダ、ポルチーニ茸のパスタを食べた。チップを含めて約45USドル。量、味、そして値段共大満足で、最後の夕食(明日)も来ることに決めた。腹ごなしに、海岸沿いのお土産店をみてまわり、帰りにまたまたアイスクリームを食べる。(ストロベリーが気に入り結局こればかり食べることになった)
明日でダイビングが最後となる。海が凪ぎますようにと願いながら就寝、午後8時半。
11月9日 6日目:
今日で最後のダイビング。日ごろの行いが良いのか、海も天気も好転している。Mさんと旦那のリクエストで行き先は再び“エルバホ”。メンバーは、男性2人組が帰国して単独女性1人が加わった。
昨日はクジラを見ることができたが、今日はポイントにつくまでに海面付近を泳ぐ“マンタ”(イトマキエイ)を見ることができた。船を走らせている船長がふ、と左側面海上に指をさすとそこには“マンタ”の姿。海の男の驚異的な視力を目の当たりにすること第2弾。海中にいるものを船を走らせながら見つけることができるなんて不思議だ。
1本目:エルバホ
2本目:エルバホ
よほど運がいいのか、ハンマー確率100%。今回のはやや小型で群れも大きくないが、眼下をハンマーが横切っていく姿を見ることができた。上から見るのは横からのと違い、特徴である「ハンマーな頭」をはっきり見ることができるし、恐怖感も無かった。透明度もまあまあで、少人数で潜るのは楽だった。
帰港途中も船長が見つけてくれました!イルカの群れを!!!港に入ってから船を旋回させて群れの近くまで寄ってくれた。船首付近を泳ぐイルカを真下に見ることができた。
こうしてラ・パスでのダイビングが終了した。
夕食は、私達が今日で最後ということでMさんが「一緒に」と言ってくれたので、またまた「ラ・パスタ」に行くことになった。その前に、昨日と同じく海老タコスにも行くことに。Mさんと待ち合わせ、屋台に行った。ビールと海老タコス1つずつ、夕食前のおやつを食べる。最終日なので海岸通りを歩きながら、Mさんお奨めのお土産を見たりして「ラ・パスタ」へ向かう。
食前酒には、3人とも別のもの(キューバリバー、サングリア、マルガリータ)をたのみ、ワインは赤、イカのフライとミートスパゲッティ、ピザ(マルゲリータ)を食べた。3人でチップを含めて54US$。
帰りに遠回りして、最後のアイスクリームを食べた。いつもの屋台は休みなのか、夕方通ったときも、食後に行ったときも開いていなかった。お腹に余裕はなかったが、残念な気がした。
帰るためのパッキング、これも旦那の仕事。明日の朝もダイビングに行くときと同じくらいに早いが飛行機の中で眠れると思い久しぶりの夜更かしとなる。作業しながら買いだめしたビールを飲もうとするが、お腹がいっぱいなのと冷え込んできたため口が進まず、明日Mさんに押し付けることにする。
就寝は多分午前0時を回っていたと思う。
11月10日 7日目~8日目:
海が凪いでいる、よく晴れたダイビング日和。こんな日に帰るなんてとても残念。7時半に迎えが来るというので、チェックアウトのため7時前に部屋をでる。精算は初日のジュース1本だけなのですぐに終わり、待ち合わせのロスアルコス本館へ向かった。
あと2日滞在するというMさんにビールを渡し、「また会いましょう」いって別れる。Mさんは残り2日のダイビングを楽しむことだろう。(実際、この日は当たりの日で、チビマンタの群れに遭遇したということだ)
空港で残ったペソを遣いきり、来たときと逆の順番でロサンゼルスに向かう。帰りの飛行機では、隣の席にガイドのEさんが座った。ラ・パスはシーズンオフになるため、一時帰国し温泉に行ったりして骨休めをして、これからシーズンに入る国(オーストラリアやフィリピン)に行き、来シーズンにはまたラ・パスに来る、と話していた。機内食は、チーズやトマトをはさんだサンドイッチとフルーツサラダ、それと青唐辛子のピクルスが出た。私は、メキシコ食に慣れたのか、ピクルスがおいしく感じられ、旦那の分も平らげてしまった。
ロサンゼルス到着後、またまた走って入国審査を受け、荷物を取り(今度は直ぐに出てきた)タイ航空のカウンターへ向かう。エコノミークラスの長い行列に並び、ようやく順番が来た、と、ここでプロテックスの重量オーバーでまたもや荷物の詰め直しとなる。ダイビングの器材が水分を含んでいるため重くなっているのは判っていたが、まさか重量オーバーになるとは思いもしなかった。それにしても、タイ航空の荷物の規定がわからない。他の人がキャスターバックを機内持ち込みにしているのを見たときには、憤慨してしまった!
頭の中が混乱し、精神的に疲れてしまったが、気を取り直して小僧寿しで「フィラデルフィアロール」を買い、缶の緑茶を飲みながら休憩する。食べるとなんとなく気持ちが和んでくる。それにしてもメキシコからアメリカに来て思うことは、物価の差が大きくて「買い物ができない!」ということ。空港内ということもあるのだろうが、ロスでの軽食がメキシコでは2人前の夕食の値段になるし、Tシャツも2~3倍になっている。仕方なく、お土産に定番のチョコレートなんかを買ったけど、メキシコでもっと買い物をすればよかったと後悔しきり。
帰りの飛行機では、睡眠薬を飲んだのでよく眠ることができた。眠っていたため機内食の内容をよく覚えていないのは残念だったが、あっという間に日本に着いた、と言う感じで疲れなかった。
7日前の道程をそのまま逆に、電車を乗り継ぎ自宅へと戻った。旅から家に戻り、7日ぶりに浴槽に浸かり旅の疲れを流し、寝慣れたベッドで休みながら、無事に帰ってきた喜びに浸る。
そして、新たな旅行に向けて予算の工面に頭を悩ます日々が始まるのであった。ASIKA04 おしまい

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